ブログ改造日記 12: カテゴリ整理

カテゴリ/ジャンル分けについて

検索とゲシュタルト

まず今回の記事の主題に入る前に、個人的なカテゴリ/ジャンル分けについての考え方を書いてみる。結論から言えば基本的に情報的にカテゴリ/ジャンル分けをすることは不必要、無駄だと考えている。何故なら情報は日々加速度的に増加しており、その情報を随時加えたゲシュタルトによって全体と部分を含めた関係性が常時更新される続ける必要性があるからだ。何が最適解なのかは全体と部分の関係性、つまりゲシュタルトで決定するので正解は存在しないし、それは常に変化していく。つまりある時間軸、状況下で最適に思えたカテゴリ/ジャンル分けは、次の瞬間には全く的外れで役に立たないものに変化する可能性があるということだ。またカテゴリ/ジャンル分けの象徴としてはフォルダ、タグなどが考えられるが、フォルダはこうもり問題を解決できないし、タグは無限に増え続けて収拾が付かなくなる。(1)過ログの盲点と「こうもり問題」についてそういう意味では分類せずとも検索できることと、常にゲシュタルトを構築できることが重要なのであって、カテゴリ/ジャンル分けは情報が増加し続け、常時アップデートが必須の時代にそぐわないと言える。

カテゴリ整理のメリット

しかし今回はその前提を踏まえた上でブログのカテゴリ整理を行った。つまりカテゴリ整理は本質的には無意味だったとしても、実質的なメリットがあると判断したことになる。まずはその二つのメリットについて書いてみたい。

メリット 1: 読者

一つ目のメリットは読者。読者にとってはカテゴリ整理がしっかりしていた方が読みやすい。最近ではGoogle検索にも無事記事がインデックスされるようになり、検索流入やSNSを通してのアクセスも増えてきた。また記事の数も一度では到底読み切れないレベルの分量になりつつある。そこで類似の内容の記事を読みたいとなった際に、カテゴリ整理が適当だと非常に読みづらい。折角ブログに興味を持ってもらい、別の記事も読もうと思ったのに、カテゴリ整理が雑なので離脱という状況は避けたい。その状況を避けるためにはカテゴリ整理をした方が良いだろうと考えた。

メリット 2: 進度/軌跡のバロメーター

二つ目のメリットは進度/軌跡のバロメーター。NILOGを予約投稿、遅延を含めて毎日更新ペースで更新していると、1日単位でのリズムができてくる。そして次第にそのリズムに沿ってNILOGで実践している内容を、メディアミックスのように展開していく流れを作りたいと考えるようになった。大げさに言えばその1日1日の積み重ねの連続が人生そのものになるというような。確かに考えていること、やっていることの全てをブログに書いているわけではないのだが、それでも何をどれだけやっているかの積み重ねはある程度ブログを通して可視化されることになる。そこでカテゴリ整理をすることで、その進度/軌跡のバロメーターとしてカテゴリが機能するようになると考えた。特に今回は後述するように自分のゴールを含めて視野に入ってほしい情報を上手く分類できるようにカテゴリ分けしたので、そういう意味ではこのカテゴリを振り返ることが自分の活動履歴と興味の度合いを可視化することになるだろう。

カテゴリ整理のルール

親カテゴリと子カテゴリ

今回は親カテゴリと子カテゴリを使用して分類している。そして親カテゴリは以下の三つになる。

・Disciplines

・Projects

・Balance Wheel

最初はSEOの観点から親カテゴリと子カテゴリを分けたくなかったのだが、そもそもカテゴリをインデックスしていなかったので気にしないことにした。さらに親カテゴリは整理の度合いと分かり易さから三つか四つに絞りたかった。また近年の考えでは概念は四つより三つで整理するべきであるという感覚があるのだが、今現在考えられるゲシュタルトを構築してみたら丁度上記の三つになったという流れがある。Disciplinesは専門分野、学問分野という意味を持ち、ここに自分の書いた記事の分野が当てはまれば分類する。次にProjectsは自分の制作活動やプロジェクトなどに関する記事を分類する。最後にBalance Wheelは自分の多様なゴールの中に含まれる分野についての記事を分類する。子カテゴリについては発展途上だが、随時追加、削除などを繰り返して数を絞る予定。以前の分類の仕方だとカテゴリが無限に増えていったり、偏ったり、またカテゴリ/ジャンル分けを意識しない分類の仕方によりこうもり問題が発生しやすい構造になっていた。しかし今回はそれが発生しにくい構造に変えたことと、1記事につき1カテゴリと決定したこともあり、カテゴリ整理がスムーズに行く予感がしている。

カテゴリ整理をしてみた感想

カテゴリ整理をしてみた感想としては、ブログを開始した当初はこのようなカテゴリ整理の発想は不可能だったと断言できるので、やりながら常時アップデートすることの大切さを感じた。読者のことを考えたらカテゴリ名は英語ではなく日本語に統一した方が良いのかもしれないが、それについては個人的な拘りがあるのであしからず。前回の記事から設定し始めたTwitter Cardと共に、これから再度過去に遡ってカテゴリ整理をする必要があるが、それに関しては気長に待っていてほしい。また現在のカテゴリ整理の方法が完璧とも思っていないので、変更点があれば追記などしようかと思っている。

ブログ改造日記: 連載記事リンク

ブログ改造日記 1: デザインの変更と機能の追加

ブログ改造日記 2: ブログに関する問題点

ブログ改造日記 3: 自滅としてのグーグル八分

ブログ改造日記 4: 「Table of Contents Plus」の限界と自作目次の導入

ブログ改造日記 5: 「All in One SEO」から「Yoast SEO」へ

ブログ改造日記 6: Googleのインデックスに関する問題点

ブログ改造日記 7: 「Broken Link Checker」の導入と自作目次の改善

ブログ改造日記 8: 両端揃えの導入

ブログ改造日記 9: Headerの高さを調整してみた

ブログ改造日記 10: Twitter Cardの設定

ブログ改造日記 11: footnotesというプラグインで脚注を導入してみた

ブログ改造日記 12: カテゴリ整理

ブログ改造日記 13: IFTTTとInstagram Feedの設定

2020年東京オリンピック/パラリンピック公式マスコットキャラクターの決定プロセスについて

公式マスコット決定

先日2020年東京オリンピック/パラリンピックの公式マスコットキャラクターが決定した。正直マスコット自体にはそこまで興味があるわけではない。しかしその決定プロセスに関しては今後デザイン業界だけではなく、クリエイター業界全体の問題になりそうな問題の萌芽があったように思える。なので今回の記事ではそれに関して取り上げてみる。またこの問題を取り上げるためには、過去の佐野研二郎の東京五輪エンブレム騒動も取り上げざるを得ないのでそれに関しても後述する。

三つの候補

まず今回の公式マスコットキャラクターの決定プロセスとしては、組織委員会が三つの候補まで絞った末に、最終的には全国の小学生の1クラス単位の投票結果、つまり多数決によって決定した。三つの候補はそれぞれ「ア」案、「イ」案、「ウ」案と称され、それぞれデジモン、ポケモン、妖怪ウォッチに似ているとされた。今回の記事ではこの三つの候補のうち、どの案が一番優れていたかという問題を取り上げることはしない。何故なら既に現時点で決定済みであり、今後覆ることもないという意味では不毛な議論にしかならないからだ。それよりもむしろ最初に言ったように、この決定プロセスの問題について考えてみたい。

決定プロセスにおける責任転嫁の構造

結論から先に言えば、今回の決定プロセスには責任転嫁の構造が存在していたと言え、その構造が今後他の場面でも顔を出すようになると、クリエイターの制作物における多様性が減ることが予想される。しかしそれを理解するにはまず前提として批評性の不在と、佐野研二郎の東京五輪エンブレム騒動について理解しておくことが必要になる。

批評の不在

まずは前提として、日本社会のシステムにおいては元々健全な批評が機能しないという問題がある。SNSに代表されるように、現代日本は「1億総批評家時代」とも言われる時代に突入している。確かに一見そのように見えることもあるが、実はSNSを通して発信されるメッセージの大半は批評になっていない。典型例としては好き、嫌いの表明をし、理由やデータは語られることなく、自分とは正反対の意見を拒絶、排除し、エコーチェンバー現象的に身内で腹芸の同調フィードバックを強化し合うものが挙げられる。批評とは2次創作のようなものであり、創作者にすら存在していないような独自視点を提供することで、その創作物を鑑賞する人々に新しい見取り図を描いてみせる行為のことだ。そこには好き嫌いを超えた新しい視点と価値が提供されている。もちろん同じ分野の専門家による批評は鋭くなる傾向にあるが、異ジャンルの人の視点や、玄人だけではない素人の視点も新しい見方を提供するという意味で、批評は万人に開かれた行為でもある。日本社会のシステムにおける批評の不在に関しては言語の問題か、文化の問題か、民族の問題なのかは分からないが、それらの複合的な問題によって引き起こされていることは確かだろう。そしてこの批評の不在がそもそも日本社会のシステムにおける責任転嫁の構造の根本にある。

佐野研二郎の東京五輪エンブレム騒動

次の前提として佐野研二郎の東京五輪エンブレム騒動の話に入る。この話題に関してはデザイナーの深津貴之さんによる以下の記事が一番分かり易く、説得力があるのでそちらを一読してみてほしい。

よくわかる、なぜ「五輪とリエージュのロゴは似てない」と考えるデザイナーが多いのか?

内容を要約するとデザインに対するリテラシーが高い玄人とそうではない素人では判断基準が異なり、前者はコンセプトや展開力を含めた判断をするが、後者は直感的な見た目勝負の判断になる。また類似性に対する認識にも差異があり、その相互理解が必要であったが、玄人による丁寧な説明と、素人による耳を傾ける姿勢の両方が欠けていたため、大きな問題になってしまった。結論としては東京五輪エンブレムは国際的な商標チェックをクリアしており、比較対象となったリエージュ劇場のロゴは商標登録すらしていない以上、パクりであるという結論には無理がある。ただし後に出てきたトートバッグや空港写真などには問題があり、もはや糾弾することが自己目的化して収拾が付かなくなってしまった以上、採用を取り止めるという判断は仕方なかったとは言えるだろう。また個人的には玄人と素人が良いと思うものはレイヤーの差異を経た上で最終的に一致するはずという仮説を持っているので、佐野研二郎の東京五輪エンブレムはそこの次元にまでは到達していなかったとは言える。ただしこの件をきっかけに、デザイン業界における賞レースの選考プロセスなどを含めて問題になっていたこともあり、今回のマスコット決定プロセスが小学生の投票のみを対象としたというのはこの騒動が発端になっているのは間違いないだろう。

決定プロセスにおける責任転嫁の構造

上記の二つの前提を踏まえた上で、要するに今回の件で何が行われているかと言えば、専門家から素人への、大人から子どもへの責任転嫁の構造が決定プロセスにおいて構築されてしまっているということだ。批評の不在という根本的な問題により、専門家は素人に対して説明することが苦手であり、選考基準がいまいちはっきりしない。その上で佐野研二郎の東京五輪エンブレム騒動という前例が作られたことにより、専門家/大人の側に判断することに対する恐怖心が芽生えてしまった。であるならば非専門家/子どもである小学生の投票によって決定するというプロセスを形成すれば、専門家/大人はその決定プロセスにおける責任を転嫁することが可能である。未来ある子どもたちによって決定されたと言えば聞こえは良いが、実態は批評と決定という責任から逃れたかった専門家/大人がその責任を放棄し、誰もが反論しにくい子どもたちを人質として責任を押し付けたということだ。

悪しき前例

この悪しき前例が作られてしまった今後どうなるかと言えば、この決定プロセスがデザイン業界だけではなく、アート業界や実験的な作品を制作するような場にまで波及してくる可能性がある。そうなってしまった場合、玄人は良いと思うが素人は良いとは思わない作品、商品などは公共の空間においては存在できないようになってしまう可能性が高く、また玄人は良いとは思わないが素人は良いと思う作品、商品が今後更に台頭する可能性も高くなるだろう。ただでさえ批評が不在の日本社会のシステムにおいて、クリエイティブ業界におけるコンペの審査員のレベルは低い。その中でむしろ素人に審査させた方が良いという意見は一理あるが、それが主流になってしまった場合のリスクは相当高いものと思われる。その未来を回避するためには、まず玄人と素人の断絶の壁を破壊し、相互理解を深めていく必要がある。またオリンピックには他にも木材の無償提供、通訳などの専門性の高い仕事の対するボランティア奉仕など様々な問題があるが、公式マスコット採用に対する対価が100万円という相変わらず創作物に金銭を払わない体質に対しては、むしろ作者が業界を代表して苦言を呈してほしかった。そこで作者がその奴隷体質を認めてしまったら、デザイン業界としては誰も何も言えなくなってしまい、最終的にはアニメーション業界における低賃金労働地獄のようになってしまう可能性はある。とはいえ個人的には採用された「ア」案作者の谷口亮さんが一番良いキャラをしていたので、今後も継続して良い仕事をしてほしいと思っている。

Inkscapeを使用して4象限マトリックスを制作する方法

Inkscapeとは?

Adobe Illustratorの代替ソフトと言えばInkscape。このソフトは無償ダウンロード可能なので、もし使用を検討している方がいれば以下のリンクからダウンロードできる。GNU/Linux、Windows、Macにそれぞれ対応しているので、利便性が高い。

https://inkscape.org/en/release/0.92.2/

Adobe IllustratorとInkscapeには様々な違いがあるが、基本的にはInkscapeはAdobe Illustratorの明らかな下位互換であり、業界標準でもない。なのでAdobe Illustratorは持っていないけれど、似たようなことを無料で行いたい場合、もしくは緊急の場合などに使用することになるだろう。代表的な違いとしてはInkscapeはCMYK非対応、Mac版では日本語入力ができないなどの違いがあるが、これらは他のソフトを使用することで解決できる場合もある。

4象限マトリックスを制作する方法

昨日のRe: 「Emo Truth」宣言という記事ではこのInkscapeを使用して4象限マトリックスを制作したが、今回の記事ではその方法について備忘録として記録しておきたいと思う。ちなみにMac版Inkscapeをインストールする場合にはXQuartzをインストールする必要があるが、インストール方法に関しては各自ググって解決してほしい。

ページサイズの設定

まずファイル > ドキュメントのプロパティを選択し、ページサイズを決定する。ブログ記事の中に載せる画像は大抵Large (525×350px) にサイズ指定しているが、今回は念のため大きなサイズで制作することに。アスペクト比は3:2から変更したくなかったので、カスタムサイズで1200×800pxを指定した。

x軸とy軸を引く

次にx軸とy軸を引く。ペンツールを選択し、モードは連続する近軸線の作成に設定。x軸とy軸が交差するように適当に線を引く。そしてそれぞれの線を選択し、x、y、幅、高さを設定して位置を整える。今回の場合は双方向の矢印にしたかったので、オブジェクト > フィル/ストロークを選択し、目的の矢印を選択した状態で、ストロークのスタイルから矢印を選択する。ちなみに三つのマーカーのうち、始点は左側、終点は右側で設定可能。

テキスト情報を入力する

次にテキスト情報を入力する。テキストツールを選択し、適当にテキスト情報を入力していく。Mac版Inkscapeの場合、日本語の入力ができないのでTextEditやCotEditorなどのソフトを使用して、テキスト情報をコピーする (「Command + C」)。その作業を終えたら今度はその情報をペーストすれば良いのだが、「Command + V」は何故か使用できないので、右クリックで貼り付けを選択する。そしてそれぞれのテキスト情報を選択し、x、y、幅、高さを設定して位置を整える。またテキスト > テキストのフォントを選択し、任意のテキスト情報を選択する。ここでフォントの種類やサイズなどを決定することが可能。今回は可読性を意識して「ヒラギノ角ゴシック ProN W6」を選択した。

PNGとして出力する

上記の方法でめでたく4象限マトリックスが完成したので、最後にPNGとして出力する。ファイル > 名前を付けて保存を選択し、NameとSave in folderを設定。ファイル形式はCairo PNG (*.png) を選択し、Saveをクリック。これでPNGとして出力することができた。ちなみに作業ファイル自体を保存したい場合は、ファイル形式をInkscape SVG (*.svg) に変更すればOK。

今回の記事のまとめ

今回の記事ではまずAdobe Illustratorの代替ソフトであるInkscapeについて紹介した。次に4象限マトリックスを制作する方法を、ページサイズの設定、x軸とy軸を引く、テキスト情報を入力する、PNGとして出力するという四つの手順を通して説明した。実は今回最初はExcelを使用して4象限マトリックスを制作しようとしたのだが、面倒くさくなって途中で中断し、Inkscapeでやり直すことにした。以前から何度かInkscapeの使用は試みてはいたものの、機能に満足できずに途中で放棄するというループを繰り返していたが、今回は最後までちゃんとやり遂げることができ、その出来にも満足している。作品制作でどこまで使用できるかに関しては未だに疑問に思う部分があるが、今回のようなちょっとした図やイメージの制作には役立ちそうなので、今後も機会があれば活用していきたい。

Wordで「縦書き」と「縦中横」を設定する方法

備忘録について

備忘録は基本的に未来の自分のために残すものだが、同じ悩みを持つ特定の他人のためにも役立つ。またブログは日々の思考やアイディアを書き留めたノートでもあるが、同時に外付けHDDとしてのメモの機能も持っている。もちろん書いた時とは色々考え方も変わるものだが、その当時の到達点は見返すと割と役に立つこともある。というより見返すことで単純に再リサーチの労力を省けるということもあるが、今の自分では考え付かないような発想が書いてあったりもする。そう考えると成長とは単純な上昇ではなく、時間軸の違う自分の存在とは全く同じ自分であるとも言えない。そういう意味でブログ内検索は自分でも使えるし、そこから自分でも発見があるというのは不思議な気分である。

Wordで「縦書き」と「縦中横」を設定する方法

さてそれでは早速今回の記事の本題に入る。今回の記事ではWordで「縦書き」と「縦中横」を設定する方法を説明する。本来ならAdobe Illustratorを使用したいところなのだけれど、未だに使用できない状況がある。またPagesやCotEditor、もしくはAdobe Illustratorの代替ソフトであるInkscapeも試してみたけれど、いまいち自分の思ったようにならない。なので初心に戻ってWordを使用することにした。状況としてはWordで「縦書き」と「縦中横」を設定したかったのだけれど、英語版を使用していたので設定できないと諦めていたが、できる方法を見つけたのでその方法について紹介する。ちなみにMicrosoft Wordの使用環境はmacOSであり、ソフトのバージョンや環境が異なるとやり方が異なるかもしれないことを事前に断っておく。

言語設定を「英語」から「日本語」に設定する方法

この項目に関しては言語設定が最初から「日本語」になっている人は飛ばしてOK。このWordの言語設定が「英語」の場合は「縦書き」や「縦中横」を設定することができず、それを変更することもできないと何故か思い込んで諦めていたのだが、今回Wordの言語設定を「英語」から「日本語」に設定することでその問題を回避できることを発見した。なのでまずはこの設定を変えることから始める。以下淡々とやり方だけを書き連ねていくが、特に難しいことはないはずだ。

1. 開いているMicrosoft Officeのアプリケーションがあれば全て閉じる。

2. Microsoft Language Registerのアプリケーションを開く。

3. Select the language to enable for Microsoft Office (Microsoft Office で有効にする言語の選択) でJapanese (日本語) を選択してOKをクリックする。

「縦書き」を設定する方法

1. Format (書式) > Text Direction… (縦書きと横書き) を選択する。

2. Preview (プレビュー) を見つつ、Orientation (文字の向き) から縦書きを選択してOKをクリックする。

「縦中横」を設定する方法

1. 「縦中横」に設定したい文字の範囲を選択する。

2. Home (ホーム) > Paragraph (段落) > Asian Layout (拡張書式) > Two Lines in One (縦中横) を選択する。

基本的には以上で全ての設定は完了した。

追記

追記として「縦書き」と「横書き」が混在する場合と「段組み」を設定する方法を説明する。

「縦書き」と「横書き」が混在する場合

1. まず「縦書き」を設定する方法と同様の方法で、土台となる「縦書き」か「横書き」を設定する。

2. Home (ホーム) > Insert (挿入) > Text Box (テキストボックス) で、Text Box (横書き) かVertical Text Box (縦書き) を選択する。もちろん土台とは逆の方向を選択する必要がある。

「段組み」を設定する方法

1. Layout (ページレイアウト) > Text Layout (テキストレイアウト) > Columns (段組み) を選択する。

2. そこで思い通りののColumns (段組み) を選択しても良いし、詳細設定をしたい場合はColumns… (段組みの詳細設定) を選択して適当に設定をする。

これらの方法と先程の方法を組み合わせることで、より多様な状況に対して適応できるようになるはずだ。

大晦日の縁起物: 結界の存在について

大晦日の縁起物

大晦日には毎年大抵年越し蕎麦を食べる。今年はトッピングとしてとろろうずらの卵と海老天ぷらがあり、美味しくいただいた。年越し蕎麦を食べる意味には諸説あるが、これは基本的には縁起物の一種である。縁起とは元々仏教用語であり、NILOGでも何度も取り上げている空と縁起における縁起である。これらの概念を簡単に説明すると空とは有と無を包摂した概念であるが、縁起とは空に機能、関係性を持たせた概念になる。俗に言う吉凶、幸不幸の意味で縁起物と言う場合は、この仏教用語が転用されたものになる。

結界の存在について

縁起物は結界と関係している。こう言うと唐突に聞こえるかもしれないが、結界は存在する。誤解を招くと困るので最初に断っておくが、これは神秘主義的な意味で言っているのではない。もちろん結界は物理的には実在しないが、情報的に存在するということだ。そして情報的に存在するというリアリティが高まれば、それは人々の認知に多かれ少なかれ影響を与えることになる。例えば教会堂の建築の外装や内装はアート的に見て極めて価値の高いものであり、荘厳な宗教音楽の旋律もレベルの高いものである。宗教的にはこういった場を形成することで情報的に結界を構築し、その場への没入感を増すことでトランス状態を作り出す手助けをしていると言える。また神社や寺もこれと似た機能を持っており、統制された場の結界によって人々の認知に働きかけ、心を書き換える機能を持っているし、それは縁起物も同様である。

事故物件について

事件や事故を引き起こす条件

この話と繋がる話として分かり易いので、事故物件の話をする。昔は事故物件に住むことは特に何の問題もないと考えていたし、むしろ話の種になるし、安いので積極的に住むべきではないかと考えていた。しかし今は特別な理由がない限り住もうとは思わない。それは例えば幽霊などのオカルトの話や自殺した部屋の穢れがどうこうという話ではない。一つの理由としては特に事件や事故が連続して引き起こすような場所は、物理的に人の心理に良い影響を与えない条件を満たしている可能性があるからだ。例えばある部屋は極端に日当たりの良くない部屋で、長期間住んでいると鬱病にかかり易い条件を満たしていたり、またある部屋は超低周波音が響く部屋で、不定愁訴になり易い条件を満たしていたりするかもしれない。これらは意識的に分かりづらい要因であっても、その場において事件や事故を引き起こす遠因になり得る。

心理的な反映 = 結界の問題

また別の理由としては割れ窓理論のように寂れた場所は類は友を呼ぶという意味で、事故物件は寂れた人々を招き寄せる傾向があるからだ。つまり事件や事故と場に何の関係も持たなかったとしても、それを心理的に反映してしまう人々に対しては無関係とは言えない。なのでその状況は先程とは真逆に結界が存在しない、もしくは破られた状況を作り出す可能性がある。そういう意味でDavid Lynch監督のようにむしろ治安の悪い場所がインスピレーションを与えてくれるからあえて住むというような特別な動機がない限り、現在は事故物件には住みたくないと考えている。

結界を張り直すための大掃除

大晦日までに大掃除を済ませるという文化も、縁起の観点に加えて、結界を張り直すためという観点から解釈するとさらに納得がいく。そもそも場は物理空間であっても、その人の情報空間を必ず反映している。それは物の選択であったり、配置や並び順であったり、部屋の綺麗さであったりする。クリエイティブになるためには実は一度空間をカオスにした方が良いのだが、定期的にそれらを統合的に整理するという習慣も重要である。また年末という区切りは一度過去をリセットして、新しい門出の準備をするための期間として適している。そもそも情報空間には無限の容量があるはずだが、物理空間と同様に人はそれぞれ自分に見合った情報空間の大きさを持っている。つまり人は無限に見えて有限の情報空間を扱っているのだとすれば、物理空間にあるものを捨てたり、大掃除して綺麗にすることで、自分の情報空間の容量を増やしたり、居心地を良くするなど良い影響を与えることができる。言い換えればそれは自分なりの結界を張り直すということだ。これはまた過度な断捨離や網羅病にかかるということではなく、あくまでその瞬間の自分に必要なものが必要なだけあることを目指すということでもある。こうして結界を張り直した場には、新年として新しい縁起が生まれ、それは転用された意味での縁起が良いという好循環にも繋がっていくことだろう。

世界一のクリスマスツリーとほぼ日: 震災の鎮魂ビジネスと旧時代の広告モデルの終焉

「めざせ!世界一のクリスマスツリーPROJECT」とは何か?

世界一のクリスマスツリーとほぼ日については以前から気になっていたが、イベントとしては一段落付いたと思われるのでこのタイミングで言及しておきたい。そもそもこの件について知らない人に対して簡単に説明しておくと、このイベントは西畠清順というプラントハンターが発案者となり、「めざせ!世界一のクリスマスツリーPROJECT」として兵庫県神戸市で開催されたイベントになる。世界一が何を指すかの定義は何度か変更されており、当初は「人工ではなく、人が届けた生木のクリスマスツリーとして根鉢を含めた鉢底から葉頂点までの植物体の全長が史上最大」ということだったが、後に「オーナメントの数」に変更された。結果としては様々な不備があった結果、申請予定だったギネス記録は達成できず、世界一でもなくなった。また大量のオーナメントが取り付けの強度不足と強風の関係で落下し、一部は海に沈むことになってしまった。これは外部によって短期間だけ行われるプロジェクトが、現地にとっては後に続く環境破壊に繋がるという意味で、オリンピックによる環境破壊の問題と関連させて考えさせられる部分がある。またこのイベント全体のコンセプトは24時間テレビ 「愛は地球を救う」と相似形であると言えば、一言で多くの情報が伝わるのではないかと思う。

プロジェクトの時系列年表

プロジェクトの時系列年表は以下のウェブサイトの情報が参考になる。

世界一のクリスマスツリープロジェクトの時系列年表

世界一のクリスマスツリープロジェクトの時系列年表2017年12月15日〜

このプロジェクトに関してはコンセプト、木の種類、樹齢、経緯、やり方などを含め様々な虚偽、後付けの変更などがなされてきたことが一目瞭然で分かる。そもそも木を伐採することの是非については、人々は日常的にその恩恵を受けているし、木を伐採することがエコシステムにとって必要であることは確かだ。しかし今回の世界一のクリスマスツリーPROJECTを中止して下さいに代表されるような運動は、そういった論理で割り切れない違和感の表出であるのと同時に、そもそもの虚偽、後付けの変更などに対する不信感と、やり方の杜撰さを含めたものであり、一言で言えばそういったものを覆い隠すはずだった大きな物語の構築に大々的に失敗していることの表れであると思う。またこのプロジェクトに関して語ろうと思えば無限の切り口があり得るのだが、際限が無くなるので、今回は「鎮魂」と「広告」という部分に焦点を絞って論じてみる。

震災の鎮魂ビジネス

後付けのコンセプト

今回のプロジェクトではそのコンセプトが当初から二転三転しており、時系列年表を眺めていると、伝えたいメッセージは特に無かったということが良く分かる。つまりコンセプトは後付けなので何でも良かったと推測できるが、今回のイベントを震災の鎮魂と結びつけたのは最大のミスだった。神戸開港150年記念と結び付けていただけならまだ良かったが、こちらの方も辻褄合わせのために樹齢150年という願望に基づいた虚偽の情報を発信していたのは問題があるだろう。また改めて言うまでもないが、震災の鎮魂とビジネスを結びつける事業はこの世界のあらゆる事業の中で最も難易度の高い事業の一つだ。西畠清順は営利目的ではないという発言も行っているが、営利目的であることがあたかも悪いことのように言うのも止めてほしいし、名は体を表すというように「世界一のクリスマスツリー」という言葉自体が自身の言葉の反証として有効に機能してしまっている印象を受ける。

的外れな免罪符

震災の鎮魂というコンセプトを扱うことに対する西畠清順による免罪符は、彼自身も震災の被災者であるということだ。だがそこは問題ではなくて、震災について語る資格は被災者にも被災者以外にも平等にある。ここで気を付けなければならないのはむしろ、同じ被災者であるからといって必ずしも意見が一致するとも限らないし、それぞれの被災者はそれぞれ全く個別で異なる体験と鎮魂に対する想いがあるという想像力だ。その個別の体験と鎮魂に対する想いを一つの象徴として表現するためには綿密なリサーチに基づいたコンセプトと表現の強度が求められる。つまりこれは不謹慎だからやってはならないという次元とは全く異なる次元の問題ということだ。震災の鎮魂を扱うのであれば何をどうやろうが不謹慎という言葉から逃れることはできないが、むしろ大切なのはそういう声が一部にあったとしてもやるべき必然性と意味があるかどうかだ。つまり一言で言えば今回のように後付けのコンセプトで扱える問題では到底なかったということになる。

「輝け、いのちの樹」
「愛は地球を救う」

西畠清順に震災の鎮魂という重いテーマを扱う資格がないことは、彼自身が付けた「輝け、いのちの樹」というキャッチコピーを見ればすぐに分かる。このキャッチコピーを見た瞬間に、さすがにプロのコピーライターである糸井重里の仕事ではないだろうとは思った。例えばこのキャッチコピーは「愛は地球を救う」というキャッチコピーに匹敵するほど底が浅い。「愛は地球を救う」に関して言えば、アガペーに到達しない「渇愛」こそが「争い」や「差別」の根源であり、「愛」があるから人は人を殺せるという事実を全く考慮に入れていない。それは例えば自分が「愛」していると思っている人がテロリストに人質に取られ、そのテロリストを殺さなければその人は確実に死ぬという前提があった時に、自分はそのテロリストを殺すのか殺さないのかという問いからも想像することができる。殺すのであれば他の人から「愛」されていた可能性のあるテロリストより自分が「愛」している人の命を優先したことになるし、殺さないのであればテロリストを含めた万人に対する「愛」という意味ではアガペーに到達しているのかもしれないが、結果としてテロリストは人質を殺す、つまり命に優先順位を付けることで「愛」を証明することになるだろう。

「生命の樹」

「輝け、いのちの樹」と聞いたときに真っ先に連想したのは「生命の樹」である。これは旧約聖書の創世記に出てくるエデンの園に植えられた木のことであり、宗教上の象徴的な意味合いを持つ。今回のイベントではクリスマスというイエス・キリストの降誕祭を祝うイベントに関連づけられている以上、この連想には特に突飛な飛躍があるわけではない。仮に西畠清順が「生命の樹」を知らなかったということであれば勉強不足であるが、知っていた上で「いのちの樹」という言葉を使用し、後にその木を伐採することでどのような冒涜的なメッセージが表現されてしまうのかということを分かってやっていたのなら相当悪質である。また当初フェリシモで販売予定だったあすなろメモリアルバングル「継ぐ実」は販売中止になったので、最終的に伐採された木は木材として生田神社の鳥居になる予定だ。ただこのように様々な宗教が無秩序に混じった感覚は神道的なものであると思うと同時に、震災の鎮魂やキリスト教というセンシティブな領域に土足で踏み込み、自らの不勉強で浅いコンセプトの元に象徴を作り出し、それを粗雑に扱う様と想像力の欠如は見ていて不快になるものだった。

旧時代の広告モデル

マスメディアとキャッチコピーの衰退

次に震災の鎮魂ビジネスと地続きでもあるが、旧時代の広告モデルの話に話題を移行する。今回のプロジェクトでは批判の声が何故ネットを中心として大きくなってしまったのかを考えてみると、旧時代の広告モデルに依存しているからだと考えられる。旧時代の広告モデルとは要するにテレビ、新聞を中心としたメディアによる、事実に基づかないキャッチコピーを着せ替えることで盛り上げる広告モデルのことだ。ネットが根付いていない時代はテレビ、新聞によって情報を拡散し、事実に基づかない情報でも、数の論理でねじ伏せることが可能だった。しかし今はリサーチすれば事実か虚偽かどうかは大体分かるようになっているし、後付けの変更なども経緯を辿っていけば分かるので、SNSやブログなどを通してすぐに情報が拡散されてしまう。よって現代に有効な広告モデルとは生体情報などを含めたビッグデータに基づく広告、もしくはXRなどの技術を含めたリアリティの高い広告ということになり、旧時代の言語を主体としたキャッチコピーによる広告モデル自体に無理が生じているのかもしれない。

老害化する糸井重里
糸井重里のTwitterと『今日のダーリン』の引用

糸井重里という人物は尊敬に値する仕事を数多くこなしてきた人物なので、このように書くのは非常に心苦しいが、今回の件で糸井重里は老害化したと判断せざるを得なかった。その判断の元となった彼のTwitterの発言とほぼ日のウェブコラムである『今日のダーリン』で書かれていた内容を以下に引用する。

「冷笑的な人たちは、たのしそうな人や、元気な人、希望を持っている人を見ると、じぶんの低さのところまで引きずり降ろそうとする。じぶんは、そこまでのぼる方法を持ってないからね。」

「そうだそうだ、ほんとにどーーでもいいクソリプだっけ?に取られる時間はもーーーーたーーーいへんなもんだからさー、じぇったいに迷惑わくわくで困っちゃいますったらありゃしないですよねー」

「思えば『あら探し』だらけの世の中で、あらを探される側になっているということは、ものすごいことだよ、と言えるよ。がんばれ、『あら探されてる』やつら」

これらの内容が仮にこの件に関して言っているのではなく、極めて一般的な事柄に対して言及している発言であったならば、言い方の問題はさておき、むしろある程度賛同する内容ではある。確かに自己評価の低い人は自分の評価を上げるより、自己評価の高い人を引きずり降ろす方向にエネルギーを使う傾向にあり、そのメカニズム自体はホメオスタシスとエフィカシーの概念を使用すれば説明できるからだ。しかしこれらの内容が今回の件の批判に対する彼の心情の吐露であることは前後関係からある程度明らかであり、そうであったとしたら残念なことである。

老害の三つの条件

老害の条件を満たすには以下の三つの条件を満たす必要がある。

・過去に偉大な業績を成し遂げたことがある
・高齢者であり、権力を持っている
・過去の成功体験に基づいたやり方を実行し、時代と合わないために失敗するが、それを認めることができない

最初の条件については糸井重里は広告業界での華々しい業績があることから満たしている。次の条件も彼は65歳以上の高齢者であり、「株式会社ほぼ日」の代表であることから満たしている。もちろん偉大な業績、高齢者、権力の定義にもよるだろうが、これらに関しては極めて一般的な視点から判断している。問題になってくるのは最後の条件であり、この条件を先程引用した内容が満たしてしまっていると感じた。そもそも成功者と呼ばれる人たちは一般常識からは考えられない発想から行動することで成功を手にした人が多い。そのために常識に抗うことを一種の誇りとしているだろうし、それはイノベーションを起こすための必須条件なので悪いことではない。しかし本人の能力が落ちる、もしくは時代と合わなくなってきた時にそのやり方を変えずに貫いてしまうと、そのずれが今度は本当に通用しなくなっていることに気付かずに、過去に自分が抵抗してきた無理解の壁と同様のフレームワークで一括りにして雑に扱ってしまうことになる。だからこそ能力のある成功者ほど高齢者になると老害になる可能性が高いのだ。

今回の件では正しくそのずれが表面化しており「冷笑的な人たち」、「クソリプ」、「あら探し」という言葉は解像度が低く、物事の複雑性を雑にまとめ上げた結果出てきた言葉であるように見えた。西畠清順の発言にも感じたことだが、基本的にネット上の発言とリアルの発言を分け、ネット上の発言をリアルではないように扱う傾向も見えたが、そもそもネット上の発言とはリアルな人が書き込んでいる意見でもある。旧時代の広告モデルの代表として一つの時代が終焉したことと、時代の流れと言葉の感性に対して彼が鈍感になってしまったことが重なり、糸井重里は老害化したという結論に至った。一言断っておくと、老害という言葉にはそもそも揶揄の意味はない。また年齢が明確に判断基準に入ることへの抵抗と、かなり過激な印象を与える言葉でもあるので、最初は耄碌という言葉を使おうかとも考えた。しかしコピーライターである彼が「冷笑的な人たち」、「クソリプ」、「あら探し」といった言葉を安易に使用することに驚くと同時に、それは同時にほぼ日のブランドも毀損していると感じた。なのであえて老害という言葉を使用したが、彼が再び目を覚ます日は来るのだろうか。

今回の記事のまとめと植民地支配の問題

今回の記事のまとめ

今回の記事をまとめると、まず「めざせ!世界一のクリスマスツリーPROJECT」は虚偽や後付けの変更などが多く、全体的に肯定できる部分が少ない。また震災の鎮魂をビジネスとして扱うには余りも底が浅く、西畠清順には信仰の領域に踏み込めるだけの力もない。さらに旧時代の広告モデルを使用しているために様々な点で無理が生じ、糸井重里の老害化と積み上げてきたほぼ日ブランドの自らの手による毀損という悲しい事態も発生した。「鎮魂」の問題に関しては今回の件とは全く次元が違うが、掘り下げていけばChim↑Pomによる「ヒロシマの空をピカッとさせる」や、東浩紀が発起人となった「福島第一原発観光地化計画」などが直面した問題とも繋がるはずで、実は相当に根深い問題であり、結論は出ない。なのでやるならやるでもっと徹底的にやれば何か重要な知見が得られたかもしれないが、今回のようなやり方ではただ無闇に傷口を開いただけで終わる。「広告」の問題に関しては一つの時代の終焉であった共に、これから「広告」の形態がダイナミックに変わっていく必要性を感じた。現実と虚構という二項対立が無効化された現代においては、最早「物語」は有効な手段たり得ないし、虚構に虚構を重ねてもそのメッキは簡単に剥げてしまう。

植民地支配の問題

最後に植民地支配の問題について触れて終わる。以前から「天野尚 NATURE AQUARIUM」と「Cosmos -光と音が奏でる138億年」: オリエンタリズムの呪縛などの記事の項目に代表されるように何度も話題に出している植民地支配の問題というものがあり、それは今回の問題とは無関係ではない。そもそも今回のような件があると、プラントハンターという肩書き、職業自体が植民地支配の安易な肯定の上に成り立っていると解釈されても文句は言えない。異境の地における珍しい植物を現地から奪い、先進国の土壌で自分たちの都合に沿ったレッテルを貼り付けてビジネスにする。その搾取の構造はアフリカの仮面を現地から奪い、アメリカという先進国でアートとして展示した過去の歴史と驚くほど似通っている。その上から目線の植民地支配における搾取の構造に対してまず自覚的になり、その構造自体を改めない限りこの問題は続くだろうし、解決することは永遠にないだろう。自己洗脳を繰り返した挙げ句に我に返らないことを決めてしまった人たちに対してかける言葉は未だに見付からないままだ。

AudioTheme体験記

WordPressの「テーマ」と「プラグイン」

今回はWordpressの「テーマ」と「プラグイン」を提供しているAudioThemeの「ALL-ACCESS PASS」を購入して試してみたので、そのことについてまとめてみる。分からない人もいるかもしれないのでまず簡単にそれぞれの言葉について説明すると、WordPressはCMS、つまりウェブサイトのコンテンツを管理するためのシステムのこと。「テーマ」は「テンプレート」のこと。「プラグイン」はWordPressの機能を拡張するためのツールのことを指す。CMSには幾つか種類があり、「テンプレート」と「プラグイン」も有料無料を問わず様々な種類が存在し、それらは自分で作成することもできる。

AudioThemeの「ALL-ACCESS PASS」

AudioThemeは主にミュージシャンを対象としたWordPress用の10個のテーマと7個のプラグインを提供している。大半は有料 ($29/年〜$69/年) で、幾つかの「プラグイン」は無料、もしくは特定の条件を満たせば無料で付いてくる。「ALL-ACCESS PASS」は$99/年で全ての「テーマ」と「プラグイン」をダウンロードして使用できるので価格的にお得感がある。

「AudioTheme」

「サブスクリプション型」の罠

最初は「Cue Pro」と「CueBar」だけを購入したくて、説明をざっと読んだ感じ「ALL-ACCESS PASS」以外は年額幾らとは書いていなかったので「買い切り型」と勘違いして「Cue Pro」を購入。しかし、支払いを済ませてダウンロードする段階で「サブスクリプション型」の購入だったことに気付く。その場合「Cue Pro」に加えて「CueBar」を購入しても「ALL-ACCESS PASS」を購入するのと余り変わらない価格になってしまうので、結局「ALL-ACCESS PASS」を購入した。

これに関しては運営の人に事情を説明して、「Cue Pro」の分を払い戻しできるか相談中。無料でダウンロードして使用できる幾つかの「プラグイン」以外は説明とデモを見られるだけなので、購入前は慎重に考える必要がある。2個以上合わせて購入する場合は価格的に考えて「ALL-ACCESS PASS」を購入するべき。ちなみに契約を更新しなくてもダウンロードした「テーマ」と「プラグイン」についてはサポート、アップデートがなくなるのと、幾つかの機能の保証がなくなるだけで、継続して使用し続けることは可能。

お薦めの「テーマ」

お薦めのテーマは「Obsidian」と「Marquee」と「Ovation」になる。実際にこの3つは使い始めたばかりだけれど、デザインと機能性が気に入っている。最初はウェブサイトの「テーマ」を自作していて、一旦完成していた。しかし折角「ALL-ACCESS PASS」を手に入れたので、一度自作の「テーマ」を捨て去り、全ての「テーマ」を実際に使用してみた上で上記の三つの「テーマ」を使用することに決めた。作業途中では「Multiple Themes」というプラグインを入れて、自作の「テーマ」とこれらの「テーマ」との混合型も考えたのだけれど、統一感がなくなるので止めた。

最初の考えでは「テーマ」自体を購入しなかったと思うので、仮に払い戻しをできなくても、結果として良かったのかもしれない。自作の「テーマ」を捨てたことにについても、テーマ以外の部分で活用している部分もあるので全てが無駄になったわけではない。Website作りはPDCAサイクルをいかに高速で回すかが重要になってくるし、一度実行した方法は「テンプレート」として頭の中に残るので無駄にはならない。今までにも多数のウェブサイトを自分で作ってきたので、「テーマ」があってもその経験がなければ手間取った部分はあったはず。

お薦めの「プラグイン」

お薦めの「プラグイン」は「AudioTheme」と「Cue」になる。「AudioTheme」は「テーマ」を何か一つ購入すれば無料で付属するし、「Cue」は最初から無料でダウンロードして使用できる。「AudioTheme」の「Discography」があると自分でその関連のページを作らなくて済むので非常に楽。他にも「Gigs」、「Videos」なども将来的に役立ちそう。「Cue」は簡単に音楽のプレイリストを作ることができるプラグインになる。「Cue Pro」はその機能拡張版で、「CueBar」はページにプレイリストを貼り付けることができる。これらが必要かどうかは使用用途に応じてと言うしかない。

その他の「プラグイン」はより補助的で限定的な役割になる。「AudioTheme Agent」という「プラグイン」はAudioTheme.comとの連携をする「プラグイン」で、「テーマ」と「プラグイン」の自動アップデート、サポートや便利な機能が付いている。これを登録できるのは一つのサブスクリプションにつき一つのサイトのみ。「Billboard」は超シンプルな一ページのウェブサイトを作るのに便利。「Simple Photo Albums」は「Cue」と同じく無料でダウンロードして使用することができる。これを使用すればWordPress GalleriesからPhoto Albumsを簡単に作ることができる。

今回の記事のまとめ

今回の記事のまとめとしては、AudioThemeの「テーマ」と「プラグイン」を使用するなら基本的に$99/年の「ALL-ACCESS PASS」を購入するべきということ。1個だけだと迷う、2個だと「ALL-ACCESS PASS」の方が得と思える絶妙な価格設定とセット販売になっている。「テーマ」と「プラグイン」に頼り過ぎると技術が身に付かない、ウェブサイトが重くなるなど様々な弊害があるが、時間短縮のためにお金を使うのはありだ。AudioThemeは主にミュージシャンを対象としたWordPressの「テーマ」と「プラグイン」だが、「Cue」は無料でダウンロードして使用できるので、ミュージシャンでなくてもウェブサイトにプレイリストを作って載せたい人にはお勧め。

「Cue」

またこれらを使用して作ったEternal Myth、Ruin en Lucid、Secret Cypherのウェブサイトは近日中に公開予定なので、そちらの方もお楽しみに。

ブログ改造日記 1: デザインの変更と機能の追加

「ブログ改造日記」について

今回から不定期で「ブログ改造日記」という連載記事を書くことにした。ブログをやっているとデザインや機能を改善したくなることがあり、プラグインやコードの記述、SEO対策などを含めてブログを改造した記録を備忘録として残しておくことにした。このブログではWordPressを使用しているので主にそのCMSに沿った内容になるが、それ以外の場合でも参考になる内容も書くつもり。変わり続けるブログ、NILOGの成長期として読んでもらいたい。

「Featured Image」の設定

初回となる今回はブログの記事のデザインを大幅に変えて、読み易さを改善してみた。まずブログの記事には最初に必ず「Featured Image」を付けることにした。何故かというと画像には文章の印象を和らげて一瞬で意味を伝達する効果があり、「Featured Image」のような写真があると色彩の関係もあって見栄えが良くなることに加え、記事をSNSでシェアした時のサムネイル画像としても使えるからだ。

画像の取得場所

画像は様々なサイトで探すことができるけれど、以下の2つのサイトが個人的にお勧め。

「O-DAN」

「Visual Hunt」

「O-DAN」は「Pexels」「Pixabay」「Unsplash」などの有名どころを含む32種類のサイトを横断検索して、ライセンスが「CC0」、「パブリックドメイン」の画像を探すことができるサイト。このサイトが凄いのは日本語で検索しても勝手に英語に翻訳して検索してくれるところであり、英語が苦手な人にとっても至れり尽くせりの設計になっている。「Visual Hunt」はライセンスが「CC」の画像の中から「CC0」を優先的に検索できるサイト。検索する時にライセンスタイプと種類と色を選択することができるので、目的の画像に素早く辿り着くことができる。この2つのサイトがあれば画像検索としては必要十分だが、細かい使用条件に違いが存在する場合もあるため、各サイトの規約や画像のライセンスはチェックした方が良い。

「ロイヤリティフリー」と「CC0」と「パブリックドメイン」の違い

ここで混同しやすい「ロイヤリティフリー」と「CC0」と「パブリックドメイン」の違いについて説明してみる。「ロイヤリティフリー」とは「著作権フリー」とも「フリー素材」とも違い、一度使用許諾を得たらその許諾の範囲内で追加使用料を払わずに使用できること。つまり「著作権」は存在しているし、必ずしも「無料」なわけではなく、使用にあたっての条件もある。一方で「CC0」はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスの一種であり、「パブリックドメイン」を目指して著作権をできる限り放棄するためのライセンスになる。またクレジット表記不要で、複製、改変、再配布、商用利用が可能なことも特徴だ。「パブリックドメイン」は著作権などを含む知的財産権が消滅した状態を指す。これは「CC0」のようにライセンスではなく、国によっては権利者が望んでも法律上「パブリックドメイン」を実現することが難しい場合があるために「CC0」が提案された面もある。画像の改変を行う場合は冒涜的な表現は避けるべきであり、「パブリックドメイン」の場合商標権の問題がある場合があるので、これに関しては「CC0」の方が安全とは言える。ただ基本的には「CC0」か「パブリックドメイン」の画像を探せばブログで使用する場合には問題ない。

「目次」の設定

またブログの記事には「目次」も付けることにした。何故かというと「目次」があると、記事全体の内容の具体的な方向性が見えるのと、クリックで該当箇所に飛べるのが便利だからだ。目次が付くということは自動的に見出しが付くということであり、それによって記事がさらに読み易くなり、SEO的にも良い影響を与える。

「Table of Contents Plus」の設定

目次の設定には以下のWordPressのプラグインを使用している。

「Table of Contents Plus」

設定は基本的に「Main Options」のみでOK。ほとんどの設定はデフォルトのままで、変更した部分のみを抜粋すると以下のようになる。

・表示条件
4 → 2

・以下のコンテンツタイプを自動挿入
「post」のみにチェック

・見出しテキスト
「Contents」→「目次」

・テキストを表示
「Show」→「表示」
「Hide」→「非表示」

上級者向け

・ホームページを含める
「ホームページ上の条件を満たす項目の目次を表示」にチェック
※この設定は固定ページをフロントページに設定している場合、「目次」が表示されなくなるのを防ぐためなので、そうでない場合はデフォルトでOK。

・見出しレベル
「heading1 – h1」
「heading2 – h2」
上記の両方のチェックを外す
※この設定はテンプレートによるので、通常はデフォルトでOK。

検索すれば目次や見出しをアレンジするやり方は出てくるので、CSS、HTMLを記述してアレンジする。これで「Featured Image」と「目次」の設定は一先ず完了。「目次」が表示されない不具合があった場合は、Appearance > Wigetsをクリックし、TOC+を一度Blog Sidebarに入れてSave。するとその後デリートしても「目次」の表示は何故か直る。ただ個別記事にアクセスした場合、何故か「目次」が出てこないのだけれど、この対処方法は今のところ不明。「Featured Image」と「目次」を過去記事に遡って掲載するかどうかは労力の問題もあり、今のところ未定だ。

「SNS」のシェアボタンの設定

最後に「SNS」のシェアボタンの設定する。「SNS」のシェアボタンは当初設置しない予定だったのだけれど、最近では宣伝やSNSに対する考え方もかなり変わり、試しに設置することになった。色合い的にも最後にあるとバランスが取れる気がしている。

「Table of Contents Plus」の設定

シェアボタンの設定には以下のWordPressのプラグインを使用している。

「AddToAny Share Buttons」

設定は基本的には自分がどのSNSを表示したいかを選択すれば終わりなので、設定方法は割愛する。他にも幾つかプラグインがあるけれどこのプラグインを選択した理由は、デザインがシンプルで使い易く、Lineやその他のSNSのシェアボタンも充実しているから。とりあえずFacebookとTwitterのみをすぐに押せるようにしてみたけれど、今後状況を見ながら変更を加えていくかもしれない。

「原石」と「カッティング」について

今回の「ブログ改造計画」をまとめてみると、今回の変更によって文章は大分読み易くなったと思う。これは内容の密度よりも読まれ方、広まり方にフォーカスしているという点で、今までの変化とは趣向が異なる。アートが原石であり、デザインがカッティングだとすると、原石のままで価値を見いだし、それを良しとする人もいるが、大半の人はカッティングされたものに価値を見いだし、原石の価値は見過ごされることが多い。それを愚かと断罪するのは簡単だけれど、そこには両立の可能性もあるはずだ。別の例を挙げるとするならば成績の良い不良のようなもので、人は内容よりも振る舞い方や外見でまず判断されるが、そこに良い意味でのギャップがあればそこには通常以上の評価が生まれることもある。今までは文章によって「原石」としての価値をひたすら追究していて、「カッティング」の価値を認めながらも中々踏み出していなかった面があるので、今後はそこに対して今まで以上の労力を注ぎ込んでいきたい。今水面下で同時に進めているプロジェクトもこの影響を受けて良いものになりそうなので、この研ぎ澄まされつつあるブログで今後も様々な進捗状況を報告していけたらと思っている。

追記

現在は「目次」に関しては「Table of Contents Plus」ではなく、自作目次を使用しています。「目次」に関して気になる方はブログ改造日記 4: 「Table of Contents Plus」の限界と自作目次の導入という記事を参照してください。

ブログ改造日記: 連載記事リンク

ブログ改造日記 1: デザインの変更と機能の追加

ブログ改造日記 2: ブログに関する問題点

ブログ改造日記 3: 自滅としてのグーグル八分

ブログ改造日記 4: 「Table of Contents Plus」の限界と自作目次の導入

ブログ改造日記 5: 「All in One SEO」から「Yoast SEO」へ

ブログ改造日記 6: Googleのインデックスに関する問題点

ブログ改造日記 7: 「Broken Link Checker」の導入と自作目次の改善

ブログ改造日記 8: 両端揃えの導入

ブログ改造日記 9: Headerの高さを調整してみた

ブログ改造日記 10: Twitter Cardの設定

ブログ改造日記 11: footnotesというプラグインで脚注を導入してみた

ブログ改造日記 12: カテゴリ整理

ブログ改造日記 13: IFTTTとInstagram Feedの設定

マーケティング、広告、PR、ブランディングについて

最近マーケティング、広告、PR、ブランディングについて本格的に学び始めた。今は本で関連書籍を漁っていて、まだこれだという本には出会えていないのだが、今日はその中で学んだことを簡単に説明してみる。

この時代のマーケティング戦略で一番大切なのはモノからコト (体験) への変化であり、それはEngagement marketing (Experiential marketing) と呼ばれる。簡単に言えば人はモノを購入しているだけではなく、体験にお金を支払っているということだ。そのことが理解できれば価格競争に陥らない戦略を取ることができるし、従来の価値観では一見損に思えるようなことに何故人が集まってくるのかの理由も見えてくる。また老若男女に好かれようとするのはターゲットがないことと同義であり、ターゲットを明確に絞り、そこに向けた戦略を練ることが必要だ。それはターゲット以外は切り捨てるという覚悟であり、嫌われる覚悟と言ってもいい。言い換えれば顧客がブランドを選ぶのと同じく、ブランドも顧客を選ぶべきということだ。ブランディングにとって最も大事なのはコンセプトであるブランドアイデンティティだが、これはブランドの側がトップダウンで決めるべきであって、そこをクリアにして外部に伝えていく手助けするのがクリエイティブディレクターの仕事になる。

自分の中ではOrder of Chaos、Cross Media Arts、Enternal Myth、Ruin en Lucid、Secret Cypher、Anrealmsなどの違うブランドがあり、その概念としてはOrder of Chaosが全てを包括するブランドであり、ソロ活動としてはCross Media Artsは現代美術/現代表現、Eternal Myth、Ruin en Lucid、Secret Cypherはそれぞれクラシック/ポストクラシカル、ポストロック/メタル、実験音楽/現代音楽などの違うジャンルの音楽、Anrealmsはチーム活動などに分けていた。その中で音楽活動のブランドをNILの名義で統一し始めていたのだけれど、自分の中でもう一度これらの位置付けを考え直し、より明確に伝わるようにリブランディングする必要を感じている。元々ジャンルで分けるのが余り好きではなかったのと、NILという名前を広めるのが先決と思ってプロジェクトの数を減らしていたが、やはりやっていることが違いすぎると混乱を招くし、ターゲットが絞れない。StoreやNILOGの立ち位置を含めて、もう一度プロジェクトごとにコンセプトを明確化し、それをどのように伝えるべきかを考えるべきなんだろう。

マーケティング、広告、PR、ブランディングはそれぞれ意味と役割が異なり、それは以下の画像が一番分かり易い。

http://chrisbloor.com/wp-content/uploads/2015/01/AYB-PR-vs-Ad.jpeg

またブランド戦略には幾つか種類があるが、一例を挙げればマルチブランド戦略というものがあり、それは同じカテゴリの商品ごとにブランドを分けるという戦略だ。例えばネスレはミネラルウォーターに「コントレックス」、「ペリエ」、「ヴィッテル」など複数のブランドを抱えており、それぞれ別のブランド展開をしている。戦略ごとにメリット、デメリットが異なるので、自分の理想像と照らし合わせて戦略を選択する必要がある。

マーケティング、広告、PR、ブランディングは経営、デザイン領域の仕事であり、アーティストという自我が強いとその辺りが盲点になりやすい。アーティストにとってはあくまで関心は良い作品を作ることにあり、他人の感じ方より自分の感じ方を重視するためにこれらの領域が盲点になりやすいからだ。しかし、Damien Hirstや村上隆など世界の頂点に立つようなアーティストは確実にこの領域を攻めており、そこには明確な戦略がある。自身のウェブサイトも未完成な部分がまだあるが、これらの戦略を学び直し、それに応じてこれから作り直していく予定だ。また以前から現代表現に関する個人指導、サロンのようなものをやりたいと思っているのだけれど、それも含めて考えてみようと思う。