100枚ドローイングへの道のり 6: 「突然変異とトゥルーエンド」 (ステイトメント)

批評とステイトメントの違い

100枚ドローイングへの道のりという連載記事の終わりに、木曜日に提出した「突然変異とトゥルーエンド」と題したステイトメントについて書いてみたい。今回は前回のアーティストステイトメントの講評と、批評家が書く批評とアーティストが書くステイトメントは書き方が違うということを念頭に書いた。簡単に言えば批評は歴史性や事実の確認なども重要だが、アーティストのステイトメントはそれよりも制作や作品に対するコンセプトを描き出す方が重要ということ。それに伴って文体も変わってくる。ステイトメントは説明的になってしまってもダメだし、余りにも詩的/私的で誰にも伝わらないポエムになってしまっても意味がない。なのでそうならないように気を付ける必要はあり、そんなことを考えながら勢いで一気に書いた。

「突然変異とトゥルーエンド」

最初は「A to Zの系譜」という100枚ドローイングのタイトルをそのまま付けていたのだけれど、ステイトメントを書き終えた後に内容に沿って「突然変異とトゥルーエンド」という名前に変更した。今回のステイトメントは遺伝的アルゴリズムが淘汰、交叉、突然変異の3種類あるという話と、バッドエンド、ハッピーエンド、トゥルーエンドという三つの物語の終わり方を紐付けつつ、最終的に「突然変異とトゥルーエンド」に何故自分が惹かれるのかということに焦点を当てて書いた。また淘汰するという行為が間違いを含む可能性、つまり淘汰されたものの中に素晴らしい物が含まれている可能性があるという話は、外れ値をテーマとしてきたアーティストとしては昔から継続した問題意識を引き継いでいると言える。読んでもらうのが一番早いと思うので、興味のある方は以下のリンクから読んでみてほしい。もちろん今まで連載記事で書いてきた100枚ドローイングとも対応しているステイトメントなので、そちらの記事の画像なども参照しつつ読んでもらえると、より深く何がやりかたかったのかを知ってもらうことができるかもしれない。

突然変異とトゥルーエンド

連載記事を終えて

連載記事としては今回で終わるが、講評会の様子と100枚ドローイングを本にする記事は後に書く予定。今後も制作の渦の中に身を置くことになるだろうけれど、少し心身のバランスを崩し始めていると感じているので、自分の中での生活習慣などを見直した方が良いかもしれない。後締め切り間際に着手する癖はそろそろ限界にきている感じもするので、課題は早めに取り組むようにしていこうと思う。課題以外にも取り組みたいことは山ほどあり、何を切り捨てて何を選ぶかは人生においてもシビアに考えていかなければならない。しかし今は少しだけ休みたい。また最近Twitterでは更新情報を主に流していて、インスタグラムでは遺伝したドローイングを引き続き掲載する予定なので、そちらの方もチェックしてみてほしい。

100枚ドローイングへの道のり: 連載記事リンク

100枚ドローイングへの道のり 1: A世代〜G世代

100枚ドローイングへの道のり 2: H世代〜K世代

100枚ドローイングへの道のり 3: L世代〜P世代

100枚ドローイングへの道のり 4: Q世代〜U世代

100枚ドローイングへの道のり 5: V世代〜Z世代

100枚ドローイングへの道のり 6: 「突然変異とトゥルーエンド」 (ステイトメント)