『嘘喰い』: 「暴」と「知」を司るもの

『嘘喰い』完結

『嘘喰い』については以前からずっと取り上げたいと考えていたが、漫画が完結するまで待つことにしていた。そして数ヶ月前に遂に単行本の最終刊が発売され、その余韻に自分の中でようやく区切りが付いたので、今回はこの漫画について存分にその魅力を書き連ねてみようかと思う。現在連載中の漫画の中で一番続きが気になる漫画と言えば『HUNTER×HUNTER』になるが、『嘘喰い』はそれに勝るとも劣らないクオリティの漫画であり、『HUNTER×HUNTER』が休載中の期間は『嘘喰い』の連載によって何とか禁断症状の悪化を凌いできた。仮に『HUNTER×HUNTER』が好きで『嘘喰い』を未読の方は今すぐに全巻読んでみてほしいが、著者の迫稔雄はこの作品がデビュー作であるという点に末恐ろしい才能を感じる。また長編の連載漫画になると当初の目的を忘れる、伏線が破綻する、惰性で続くなどの状態が通常見られるものだが、『嘘喰い』は当初の目的と伏線を大枠で回収し、惰性で続けることなく全49巻でまとめ上げている。デビュー作にして代表作を創り上げてしまった迫稔雄がこの先何を描くのかは気になるが、次回作は是非流行のスピンオフ作品ではなく、全く新しい作品を読んでみたい。

バトルの概念の枠組み

『HUNTER×HUNTER』と『嘘喰い』が面白いのは、バトルの概念を枠組みから設定し直し、新しい枠組みを提示したことにある。またその新しい枠組みを提示するだけならまだしも、それが文句なく面白いというのが凄いところだ。

『HUNTER×HUNTER』のインフレ回避

まず『HUNTER×HUNTER』に関しては、『ドラゴンボール』を代表とする少年漫画が必ず通る道である、力のインフレを高度に回避することに成功している。例えば『ドラゴンボール』ではスカウターに代表されるように、力は数値的な上昇や見た目の変化により線形にステップアップしていくものと捉えられる。修行や闘技場はその象徴的なステップアップの場であり、行き着く先は敵を含めた力のインフレでしかない。このタイプの漫画では主人公は馬鹿であることが多く、馬鹿であることが強いというテーゼが繰り返される。一方で『HUNTER×HUNTER』では念能力の系統と能力の多様性により、単純に力が強いだけでは勝てず、そこには知性や理詰めの論理性を駆使したバトルが展開される。もちろん少年漫画であるので、血統の特殊性や力のゴリ押しによる勝利なども描かれる。しかし馬鹿であることが強いというよりは、馬鹿も特殊性として活かせる性質の一つとして描かれているのが特徴になる。

『嘘喰い』の「暴」と「知」

次に『嘘喰い』に関しては、「暴」と「知」のどちらが欠けていても一瞬で死ぬ。頭が良いだけで暴力や権力を持たない者は勝利した事実自体をねじ伏せられるし、暴力や権力を持つだけで頭が良くない者は出し抜かれる。もちろん一人の登場人物が全てを兼ね備えていなくても良く、チームとしての役割分担が出てくるわけだが、この「暴」と「知」の両面を兼ね備えなければ即死というリアリティはフィクションよりノンフィクションに近いスリルを提供してくれる。「暴」だけを追求すればインフレ、単純化が待っているし、「知」だけを追求すればリアリティとインパクトに欠ける。そういう意味で『嘘喰い』のバトルの概念の枠組みは、従来のバトル漫画の欠点を高度に解決していると言える。

「運」

そして『嘘喰い』における「暴」と「知」を司るものが「運」である。そう、この漫画は何を隠そうギャンブル漫画なのである。しかしこの漫画の特徴は、ギャンブルに付きものの「運」という要素を極限まで知性と論理性で回避しようとするところにある。それは試合が始まる前からの下準備、裏の取引、会話の内容、ボディランゲージ、演技、些細な記憶の断片などを含めたありとあらゆる要素を考慮に入れた上で頭がフル回転したギャンブルであり、実際には多くの人が「運」と呼んで縋ってしまう範囲のものは彼らにとっては「運」ではなく単純な準備不足、考察不足に過ぎない。ギャンブル漫画であるにも関わらず、「運」の要素を極限まで剝ぎ取るように動く登場人物たち。あっち向いてホイやハンカチ落としといった極めて単純そうに見えるゲームに設定を加え、高度な知的遊戯に変えてしまうその世界観は、ギャンブルを「運」でも「確率」でもない全く別のゲームに変えてしまう。

敵キャラの魅力

他にも『HUNTER×HUNTER』と『嘘喰い』の共通点を挙げれば、〜編のように分類できる小さな物語が複数存在した上で、大筋となる一つの大きな物語が存在していることが挙げられる。しかし中でも最も重要な共通点は敵味方を問わず魅力的なキャラが大量に出現し、そしてあっさりと死んでいくことだ。特に各漫画の敵キャラの魅力は際立っており、『HUNTER×HUNTER』で言えば幻影旅団、『嘘喰い』であれば倶楽部「賭郎」の存在がそれぞれの漫画の魅力を決定的なものにした。これらは両方ともある意味で主人公たちを食う程キャラ立ちしたキャラクターたちの集合体であり、誰も死んでほしくないと思える程魅力的なのだが、あっさり死ぬこともある。また主人公たちと対決した場合にはどちらが勝っても負けても嫌だと思えるような緊張感を漫画の中にもたらす。ちなみに倶楽部「賭郎」は主人公側にも付く中立の立場なので敵キャラと括るのは雑かもしれないが、一人一人のサブストーリーが知りたくなる程に濃いキャラばかりだった。

今回の記事のまとめ

今回の記事は『嘘喰い』について主に『HUNTER×HUNTER』との共通点を探りつつ、その魅力を書き連ねてみた。以下に箇条書きでその特徴をおさらいしてみる。

デビュー作かつ長編連載作品なのに当初の目的を見失わず、大枠の伏線を回収し、惰性で続けることなく綺麗に完結した

バトルの概念の枠組みを再設定し、「暴」と「知」の両面からリアリティを追求した

ギャンブル漫画の「運」の要素を解体し、高度な知的遊戯に変えた

敵キャラがその勝負の行方と死を含めて物語に魅力と緊張感をもたらした

最後に『嘘喰い』は掛け値なしにお薦めの漫画であり、まとめて何度も読まないと分かりづらい部分があるという意味も含めて、読んだことのない方はこの機会に是非読んでみてほしい。

嘘喰い
嘘喰い
著者: 迫稔雄