JINRO presents 岡崎体育ワンマンツアー「密着!謎のメンタリストRYOMAを追え!」に参戦してきた

お笑いライブと音楽ライブ

JINRO presents 岡崎体育ワンマンツアー「密着!謎のメンタリストRYOMAを追え!」に参戦してきた。岡崎体育のライブ自体初参戦だったのだけれど、いきなりのツアーセミファイナル。Music Videoは新作が出れば見ていて、過去曲やアルバム曲は幾つか知っている程度の知識だったので、客層やノリを含めて全く未知数の世界だった。ライブが開始されると謎のメタな身内コントが始まり、要するにこれはお笑いライブなのだと把握する。しかしその後に本編が始まり、「BASIN TECHNO」な音楽や光などの演出、口パクが解き放たれると一気にそのギャップで音楽ライブの側面が強調される。ゴールデンボンバー以降の世界線において口パクは手抜きではなく、むしろ演出効果を高めるための戦略であり、一つの立派なパフォーマンスである。そして観客の感情を揺さぶる音楽ライブとしてのパフォーマンスが終わると、MCと言う名の休憩とお笑いライブが開催されることになる。もちろん音楽ライブの中にも映像を含めてお笑いの要素やネタがふんだんに盛り込まれている部分があるのだが、基本的にはこの緊張と緩和の構成が続くことになり、時々本当にマイクを通して歌ったりする。ライブの最後はMCなしで連続で音楽を流すと宣言したことに対して、ある種のもったいない感があったのはMCという名のお笑いライブがおまけというクオリティの範疇では収まっていなかったということだ。またあれだけのパフォーマンスをしながら歌うのは至難の業かと思うが、歌に関しては今より上手くなればさらにギャップが引き立つことかと思う。しかし強調しておきたいのは彼は芸人ではなく、あくまでミュージシャンであるということだ。最初にお笑いライブと言ったが、あくまで音楽ライブの枠組みの中でお笑いライブをやるから面白いのであって、そこに彼の生存戦略がある。

「異なる文脈の昇華」と「ギャップの渋滞」

彼の生存戦略は通常は異なる文脈を全て音楽の文脈に強引に押し込んで昇華させ、そのギャップによって見事な相乗効果を生むという戦略である。つまりこの「異なる文脈の昇華」と「ギャップの渋滞」が彼の生存戦略なのである。例えば彼が今回のライブと同じようなことをお笑いライブというラベリングで行ったとしたら、評価はまた全く違ったものになるだろう。しかし彼はあくまで音楽ライブという前提の元に行っている。そして彼の音楽の才能は飛び抜けている。それはバックグラウンドとしての引き出しの多さに加えて、異なる性質を持つ音楽を自分のスタイルとして昇華できる才能にある。アドリブでの3Words即興ソングは音楽理論、演奏技術、笑いの才能、頭の回転などいくつかの複合的な才能がないと成立しない (ちなみに今回の3Wordsは「ゴリラ」、「門外不出」、「還暦」だった)。その音楽の才能があればあるほどそのギャップとして笑いが生まれるし、笑いが洗練されればされるほど、音楽が引き立つ。また音楽の文脈では彼の洗練された曲に対する彼のルックスは足を引っ張ることにもなりかねないが、そこはお笑いの文脈を取り入れることによって見事に武器にしている。さらにお笑いではパペットマペット → てっくんという文脈を引き継いでいたり、「Wall of Death」→「Walk of Death」やアイドルのグッズといった音楽の中でも異なる文脈を自分に引きつけて解釈し直すことによって、それらのファンも引きつけるとともにさらなるギャップを生むというポジティブな連鎖を生んでいる。異なる文脈に沿って異なるアウトプットをするという生存戦略もあるが、異なる文脈を音楽という一つの文脈に沿って昇華するという生存戦略は上手くはまれば破壊力が大きい。

自己プロデュース力

最後にこれまで述べてきたような彼の類い希なる才能を一言で表現するならば、自己プロデュース力が桁外れであるということになるだろう。SNSやMusic Videoなどは宣伝のためのツールであると共に、彼の世界観をそのまま体現したかのように戦略が練られており、バズることに対する貪欲さが凄い。そして実際に成果を出している点も凄いが、情報空間においてはクオリティ云々の前にバズらなければ死んでいるのと同様であり、彼はそのことに自覚的なミュージシャンであると言える。ミュージシャンとしては以前はメジャーデビューのような流れに対し否定的で、独立してやるインディペンデントミュージシャンのような流れが流行したことがあったが、彼はその次の世代のミュージシャンであり、メインストリームに登ることに対する抵抗がない。それは今回のライブのようにJINRO presentsを全面に押しだしてライブの最後の曲として演奏したり、企業案件としてMusic Videoを作ったり、その成果として今度企画アルバム『OT WORKS』が出ることにも象徴されている。確かにインディペンデントであることは尊いかもしれないが、金銭的にも人脈的にもメジャーでなければできないことというのはあり、それに対してリアリズムを持って上手く活用している彼はやはり賢い。例えばYouTuberという仕事は広告業であり、ステマという言葉が懐かしくなるほどに現代は宣伝したり、企業とコラボしたりすることをファンが受け入れ易い時代である。そういった時代においてはむしろ裏舞台のお金の流れなどを隠してイメージを保とうとするより、全てをさらけ出した上でいかに楽しくするか、一緒に協力して何かをやり遂げるかという方が受け入れられやすい。そのゴールとして埼玉スーパーアリーナという場所が設定されている。こういったことから考えても、この時代の象徴的な存在として岡崎体育の自己プロデュース力は頭一つ抜けている。これだけ楽しいというより面白いライブは初めての経験だったが、それにしても結局謎のメンタリストRYOMAって一体何だったのか?謎は深まるばかりである。あとてっくんソロ曲 (以下略)。