映画館で『レディ・プレイヤー1』を観てきた

核となるメッセージ

久しぶりに映画館に行き、話題の『レディ・プレイヤー1』を観てきた。結論から言うと見て損はない映画なので未見の方は是非。ここから先は多少のネタバレを含むので、気になる方は先に観てから読んだ方が良いかもしれない。ただし推奨はするものの、内容については絶賛するという訳ではなく、一番核となるメッセージであろう部分には正直賛同できなかった。そのメッセージとは簡単に言えば「VRは現実世界とは違う。VRはあくまで仮想世界であって、現実世界の方にしか現実はない」という古いパラダイムを引きずった「最近の若者はダメだ」論の構造から一歩も外に出ないものだった。スティーヴン・スピルバーグ監督の年齢を考えるとこのテーマに対する限界があることも分かるし、実際に『レディ・プレイヤー1』でVRと言われているものがVRの技術の延長線上にあるものかどうかも微妙な部分が多い。しかしそういった欠点に目を瞑ればエンタメとしては普通に楽しめるし、日本の漫画、アニメを含めたオマージュのパラダイスは爽快感があることも確か。3DでVRをテーマにした映画を映画館で観るというのも中々変な気分だったが、数人しかいない映画館でボーッとしながら巨大スクリーンを眺めるというのは気分転換には丁度良い。

映画館 = マゾ的な体験装置

先程のメッセージの部分について拡張して話すと、「VRを現実世界だと思えばそこが現実である」というのが昨今の「ダメな若者」の共通認識であるはずだし、それは幾ら年長者に説教されても科学的に見れば正しい。そもそもVirtualを仮想と翻訳したのが間違いという話は少し調べれば幾らでも出てくるし、人間が脳と心というフィルターを通してしかこの宇宙を認識できないのであれば、自分がリアルだと感じた世界が現実であるという認識は自然と受け入れられるはず。その情報空間に対するリアリティ拡張装置としてXR技術全般は成長してきているわけだし、VRをテーマにするならば、その前提の元にVRを描かなければ根本的におかしな話になってしまう。その前提の元で「VRをテーマにした作品をわざわざ映画というメディアを通して表現する意味は何なのか」というところにまで踏み込まなければ、この作品を映画にする意味そのものが薄く、曖昧なものになる。そもそも映画館とは数時間も暗い暗室に人を閉じ込め、基本的には巨大な平面を見続けることに対してお金を払って体験するという、未来から見たらかなりマゾ的な体験装置であることは間違いない。映画館では家で映画を観るのと違って巻き戻すことも早送りすることもできないし、何度も観るためにはもう一度お金を支払う必要がある。またXRの世界では映像はホログラム的な表現が主流になると考えれば、映画はかなり時代遅れな表現方法と考えることもできるが、そこに対する明確な回答は用意されているように思えなかった。

エンタメ的な観点

ただしエンタメ的な観点から言えば物語は王道そのもので、単純に安心して楽しめるような作りになっている。身近な人物の死、ヒロインとの恋愛、三つの鍵探しの冒険、権力との闘争といったハリウッド映画の王道的な展開と、俺TUEEEE、仲間との友情などのオタクが世界を救う的な展開、少年漫画的な展開が綺麗に織り交ぜられて特に何も考えることなく楽しむことができる。レース、ドローン、戦闘のシーンなどの演出に関しても迫力ある映像になっているし、次にどのオマージュがでてくるのか、次にどのキャラが出てくるのかという楽しみ方はある程度メタ的な楽しみ方として用意されてもいる。物語の起承転結もお手本のような展開と着地を見せ、少なくともこの映画を観て退屈で仕方がないということにはならないだろう。全てが綺麗事と言えばそうなるけれど、全てが綺麗事だから物語は楽しいとも言える。また将来ここは確かにこうなる、ここは絶対にこうはならない、監督は絶対VR理解してないなどと考えながら観る楽しみ方も用意されており、エンタメとして見れば非常にレベルが高い。

映画館の未来

他には特に言うことはないのだけれど、今回映画館に行ってみて驚いたのは映画館の余りの廃れぶり。平日の夜とはいえ観客は数人しかいなかったし、映画館自体もあらゆる機能が縮小し、自動化され、ハレの空間であるという幻想は微塵も感じられなかった。これは結構深刻な事態で、音楽に関してはCDの衰退と共にライブやグッズの隆盛があり、ストリーミングなども合わせて何とか業界が成り立っている。しかし映画に関してはDVDやBlu-rayは売れないし、映画館の上映は音楽のライブのような生演奏の付加価値というものがないので、こちらに関してもこのままだと衰退していくしかない。そもそもYouTubeなどの影響かは分からないけれど、数時間に及ぶ映像を見続けること自体のハードルは日に日に上がっており、自分的にも映画を見るのが辛いと感じることが多い。そこにOculus Goなどの大衆向けのハイクオリティVRヘッドセットなどが安く買えるとなると、映画館には全く勝ち目がなくなる。例えばイメージフォーラムなどで上映されているマニアックで、そこでしか観ることのできない映像というのなら見に行く必然性はあるけれど、それ以外に映画館に行く必然性がない。またチケットの販売も自動化されていたけれど、少し高齢の方は購入の仕方が分からないらしく、逆に店員とのやりとりが必要になることで総合的な手間とストレスが増えていた。他にも映画上映前に個人を含めてホームパーティ的に映画館の貸し切りを提案するCMが流れていたけれど、ホームシアター的な環境を構築することが誰にでも可能な時代にその付加価値の提案は弱い。よって再現性のない生の体験を映画館が提供する以外には生き残る道はない。今回の映画鑑賞ではVRの未来を観に行ったはずなのだが、最終的には映画館の未来について深く考えてしまった。