元旦の初夢

記憶の痕跡

眼前にはぬるぬるとした青空とカピカピとした花が咲き誇っていた。風は欲望が充足する速度で波打ち、この一瞬だけはこの世界の風景は私の精神を浄化するために存在しているのだと感じられた。私は地面に放り出した身体をそっと重力に任せながら、遙か昔に途切れてしまったはずの記憶を思い出していた。今の私は確かにそこから始まっていたのだ。

「ペス」という生物

昔「初夢星」には「ペス」と呼ばれる生物が存在していた。「ペス」は三半規管が異常発達しており、平衡感覚を音に変換することができた。また物理演算エンジンを搭載した肉体とその特徴的な鼻の形から「物理演算モグラ」の異名を取っていた。私が迷子の一匹の「ペス」と出会ったのは、まだその惑星に移住してから間もない頃だ。その「ペス」の名前は「0冪乗」といった。この「0冪乗」との運命的な出会いが私の人生を根底から覆すことになるだなんて、その時の私にはまだ知る由も無かった。

「0冪乗」の特異性

「0冪乗」はその他の「ペス」と同様、常時物理演算エンジンを稼働させているため、その形態が一定の形に安定していない。しかし鼻の形だけは生涯変わることがないらしく、「ペス」同士の間でも鼻の形で個体を識別するらしかった。実は「0冪乗」の鼻の形は誕生した時に「ペス」の間でも話題になるほど特徴的だったらしい。実際間近で見た「0冪乗」の鼻は3次元の形として言葉で説明することが難しいほどユニークな形をしていた。

「無常プリン」と「108村」

また「ペス」にとって鼻の形はセックスアピールとして最も重要な要素である。事実「0冪乗」は「108村」に住む「無常プリン」という名前の「ペス」に恋していたが、その理由は鼻の形が「脱構築系サボテン」に近いという理由からだった。話を聞くと「0冪乗」は過去に訪れたことのある「108村」に再度訪れるために旅をしていたが、何故か辿り着けないうちに迷子になってしまったとのことのだった。実は「108村」には結界が張られており、ある一定の精神状態でないと辿り着くことができないのである。

「上上下下左右左右BA」

私はその結界を打ち破るために古来から伝わる裏技を知っており、そのコマンドである「上上下下左右左右BA」を入力した。すると結界はぼちゅりぼちゅりと溶け出し、「0冪乗」と「無常プリン」は無事再会することができた。しかしそれが全ての悲劇の始まりだった。この惑星では昔から「ペス」同士の鼻と鼻をくっつけてはいけないという鉄の掟があった。それはいかに巨大な「ヌメグリ」でも破ることはないし、この惑星で一番勇敢なはずの「絡繰り葉緑素」もその話題には触れたくないようだった。しかし私は自分の安易な好奇心から、その掟を破ると一体どうなるのかを確かめたくなってしまったのである。

おもてなしと裏切り

そんな私の邪な心に気付くこともなく、「0冪乗」と「無常プリン」は再会できたお礼にと私を丁重にもてなしてくれた。その日は「無常プリン」の家に宿泊することになったのだが、夕飯の食卓には「甲羅付き魑魅魍魎の素数炒め」や「完全犯罪鳥のもも肉のステーキ」など、この宇宙では珍味と呼ばれる食材を使用した高級料理が所狭しと並んでいた。3人で乾杯し、それぞれが杯に口を付けた数秒後、「0冪乗」と「無常プリン」は床に倒れた。事前に私は2人の飲む「健常的ホルマリン酒」の中に、貴重な睡眠薬である「ネム・リスギル」を数滴混ぜていたのだった。

反物質と対消滅

運命の瞬間は驚くほどあっけなく訪れた。私は「0冪乗」と「無常プリン」の変化し続ける身体を何とか固定し、鼻と鼻をくっつけてみた。すると一瞬にして自分の身体が圧倒的な光に包まれたかと思えば、次の瞬間に「0冪乗」と「無常プリン」は跡形も無く消滅した。後に聞いた話だが、同時刻の宇宙のあらゆる場所で磁石のS極とN極がくっつくように、全ての「ペス」がランダムにペアとして引き寄せられ、順々に鼻と鼻をくっつけて消滅していったらしい。実は「ペス」の鼻同士がくっつくと一方の鼻は反物質化し、対消滅してしまう。これが「ペス」という種全体で起きるため、この事件によって「ペス」は滅びた。何故その知識が受け継がれてきたのか、何故そのようなことが起こるのかは未だに解明されていないらしいが、私の安易な好奇心によって一つの種が確かに宇宙から滅び去ってしまったのだ。

墓守の贖罪

再び時間は現在まで巻き戻る。あの事件の後、私は「惑星流しの刑」に処され、「地球」という名の惑星に追放された。その惑星で今も消えない罪の意識を抱えながら生き続けている。「直交系宇宙最高裁判所」の判決では、私の犯行の計画性と悪質性が問われることになったが、結果が「黒歴史無限転生の刑」でなかったのは幸いだった。何故刑が軽かったというと元々「ペス」は全宇宙人から気持ち悪いと思われており、消滅した「ペス」の代わりに訴訟代理人となった「電飾系ナウマン」のやる気がなかったからである。過去の回想を終えた私は手を止めていた墓守としての仕事を進めるために、再度周囲に広がる風景に目を移した。今日でようやく消滅したと言われている全ての「ペス」の墓が完成する予定だ。耳の奥底では1富士2鷹3茄子という声が微かに聞こえた気がしたが、それは定かではない。

そして真の目覚めへ

という初夢を見たかった元旦でした。