NIL百科事典を作ろう 2

NIL百科事典再び

誰もが既に終わった、むしろ自分ですらそう思っていたNIL百科事典が再び帰ってきた。まさかNILクイズより先にこちらの続きの記事を書くことになろうとは。そう、実はNILクイズもまだ忘れたわけではない。ただ単純に書くことがありすぎて後回しになっていただけだ。連載記事と銘打ったからには、どこかのタイミングで必ず続きが書かれることだろう。それがいつになるのかはCoincheckの返金がいつになるのか程度には不明瞭である。しかし今回は自分の中で幾つかの言葉が溜まっていたこともあり、急遽記事を書くことにした。最近NILOGを読み始めた方、もしくはこの記事だけ読んでいる方には何が何だか分からないかもしれないが、生きていればそういうこともある。

10の言葉

それでは早速前回同様、10の言葉の解説に入る。

引きこもり

外面宇宙学習より内面宇宙学習に適した人、状態のこと。

ニート

働かざる者飢えるべからずという思想を実践する現代における高等遊民。

社会不適合者

既存の社会の枠組みに最適化することを選ばなかった、突然変異により進化した個体。

変人

普通に考えて普通であることは普通ではないので普通の人のこと。

おたく

この項目についてどんな定義をしたとしても論争が起こる、そんな人種。

正義

悪を生み出す原因。

謙遜

自分を下に見せることで、結果的に印象を良くしようとする邪悪な試み。

確率的な事象、事実に対する主観的な解釈。

努力

すればするほど夢の実現が遠ざかる禁断の麻薬。

コミュニケーション能力

現代社会における戦闘能力のうち、一番重要とされている能力。

今回の記事のまとめ

今回の10の言葉の前半の五つは一般的に余り良く思われていなさそうな言葉、後半の五つは一般的に良く思われていそう、もしくは中立に思われていそうな言葉をあえて選択した。今回の解説ではそれらの関係性が通常とは異なる切り口で、ダイナミックに反転するところを見せられたのではないかと思う。言葉というのは使用するだけで、無意識的にある事柄に対するレッテルを貼り付けることにもなる。そういった言葉の意味や解釈を脱構築し、違った角度から捉えてみることで意外な発見があり、世界の見え方も変わる。さらにそれは自分にしか見えていない世界の捉え方を提示することにもなるので、やはりこの試みはアートに通じるものがある。前回の記事でも書いたように、NIL百科事典は将来的に何かしらのプロジェクト、もしくは他人も含めたワークショップのようなものに発展させていきたいが、まずは自分の中で量を書き溜めることで現実世界に介入し、世界の見え方を変えてみようと思っている。

NIL百科事典を作ろう: 連載記事リンク

NIL百科事典を作ろう 1

NIL百科事典を作ろう 2

NIL百科事典を作ろう 3

和書と洋書の「奥付 (Colophon)」: 「版 (Edition)」と「刷 (Printing)」について

「奥付 (Colophon)」とは何か?

今回は和書と洋書の「奥付 (Colophon)」について鬼のようにリサーチしたので、その調査結果を記事として書き残しておきたい。和書の場合は「奥付」と呼び、洋書の場合は「Colophon」と呼ぶが、まずは「奥付 (Colophon)」について知らない方のために、簡単に定義を説明しておく。和書における「奥付」とは通常本文が終わった後のページに記述される書名、著者名、出版年月日などの書誌事項が書かれる部分のことを指す。一方で洋書における「Colophon」は和書における「奥付」と大体似たような情報が掲載されるが、大抵の場合はタイトルページの次のページに書かれることが多い。ただし例外はあり、和書の「奥付」同様に本文が終わった後のページに記述されることもある。

「版 (Edition)」と「刷 (Printing)」について

今回はそんな「奥付 (Colophon)」に書かれる情報の中でも、特に「版 (Edition)」と「刷 (Printing)」に焦点を絞って書く。

和書の「版」と「刷」について

そもそも「版」と「刷」という表記については意味合いが異なることを知らない方も多いのではないかと思う。簡単に言えば前者が変わるのは内容や文字情報に変更があった場合で、後者が変わるのは印刷時期が異なる場合だ。例えば初版第8刷なら内容や文字情報に変更はないが、異なる印刷時期としては8回目という意味。つまり初版と第1刷は意味合いが異なり、初版第1刷と書くことにも意味があることになる。ただし元々これらの言葉の区別は明確ではなかったために、現在でもこれらの意味を混同したり、間違った使用の仕方をしている例もあり、初版のみで初版第1刷を意味するなどの省略がある場合もある。また和書の場合は「版」 and/or 「刷」が変わると、初版第1刷の横に最新の日付と共に表記することが多い。

洋書の「Edition」と「Printing」について
「Printer’s key」について

一方で洋書の場合は通常「Edition」のみを表記し、「Printing」については「Printer’s key」で表記するのが普通だ。「Printer’s key」には複数の異なる流儀があるが、通常は書かれている数字の中で一番小さい数字が「Printing」を示し、刷る時期を変更するごとに一番小さい数字を消していく。ちなみに「Edition」が変わるごとに、「Printer’s key」はリセットされる。

「Printer’s key」の代表的な形式は以下の2種類。

・10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 (9 8 7 6 5 4 3 2 1)

・1 3 5 7 9 10 8 6 4 2 (1 3 5 7 9 8 6 4 2)

この2種類の中では上の形式が一番基本的な形になる。もしくは1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 (1 2 3 4 5 6 7 8 9 10) などの降順と昇順を逆転させた表記も見られる。下の形式も多く見られるが、これは左右交互の順番に数字を配置した形になる。また上の形式は左寄せで使用されることが多く、下の形式は中央寄せで使用されることが多いが、それらは規則化されているわけではない。ちなみに後述する「Printing」の発行年も同時に表記される場合は、上の形式が使用されることが多い。

「Edition」の発行年月と「Printing」の発行年について

また洋書の「Edition」の発行年月に関しては、「Second edition」以降の場合は「First edition」の下に書き足すか、発行年ごと含めて書き換えることが多いようだ。ちなみに和書の「版」は発行年月日まで書かれることが多いが、洋書の「Edition」は発行年月までしか書かれず、「Printing」に至っては発行年までしか書かれないことが多い。さらに洋書の「Printing」の発行年は、「Printer’s key」の左右どちらか、もしくは上下どちらかに「Printer’s key」に似た形式で書かれる例が多く見られた。

その代表的な形式は以下のようになる。

22 21 20 19 18
10 9 8 7 6 5 4 3 2

この例の意味は2018年に第2刷を発行したという意味になる。例えばこれと同じ本を2022年まで毎年発行した場合、発行年の数字が毎年減っていき、それ以降はまた発行年の数字を最初と同数増やしてリセットすることになるのだろう。

今回の記事のまとめ

今回の記事では普通に生きていればほとんど意識することのない、和書と洋書の「奥付 (Colophon)」、特に「版 (Edition)」と「刷 (Printing)」について取り上げた。それぞれが変更される場合を復習すると以下のようになる。

「版」: 内容や文字情報に変更があった場合に変更。
「刷」: 印刷時期が異なる場合に変更。

また洋書の場合は「Printing」を「Printer’s key」を使用して表記することが多く、「Edition」の発行年月は普通に書かれるが、「Printing」の発行年については「Printer’s key」と類似した形式を使用することが多いことが分かった。そもそも「版」と「刷」の違いを知る人は少なく、洋書の「Colophon」の書き方の情報は英語の情報ですらそれほど充実しているとは言えず、図書館やKindleの本を駆使して片っ端から調べた。この辺りの情報を和書と洋書を含め読み手と書き手の視点でまとめた日本語の記事は余り存在しないと思われるので、今回はマニアックではあるが有用な記事になったはずだ。

追記: 「Printed in Japan」について

「奥付 (Colophon)」で見られる「Printed in Japan」という表記について。「奥付 (Colophon)」にはどこで印刷されたかが書かれることがあるが、これは国内で流通させる場合は書かなくても問題がないが、海外への輸出を考えている場合はどの国で印刷されたのかを書いておいた方が無難である。その根拠は以下のリンク先を読めば分かる。

著作権Q&A | 社団法人 日本書籍出版協会: 2.奥付に関すること

理由を簡単にまとめれば、各国の関税法において原産地表示が輸入の要件になっていることがあり、日本で印刷された場合は「Printed in Japan」がその原産地表示の意味になるということだ。また他にも「Printed in the U.S.A」の右側に「10」、「12」、「21」、「23」、「32」、「37」、「57」などの数字が入ってる場合があるが、これは何処で印刷されたかを表記する番号になっている。残念ながら日本の場合にも番号があるのか、また具体的な場所と番号の関係については調べた範囲では分からなかったが、日本で印刷されたものであれば「Printed in Japan」と表記しておけば特に問題はないはずだ。

竹尾見本帖/4種類の本/「アルミ・キューブ」と「詩と版画の組み合わせクイズ」

竹尾見本帖

本来であれば土曜 and/or 日曜日に今回の話題を取り上げようかと思っていたのだが、Coincheckの話題を取り上げざるを得なかったので、今回の記事では改めて先日取り上げる予定だった話を書く。最近では「石版を丸呑みする回転木馬」の制作も大詰めに入り、復活した椙元君はデータ、ポスター、DM制作と八面六臂の大活躍を見せており、連絡も非常に円滑になった。そこで以前決定していたが吟味が足りていなかった本に使用する紙の種類を再度検討するため、土曜日に濱中さんと2人で銀座・伊東屋の7Fにある紙専門店、竹尾見本帖に行ってきた。そこは紙専門店と言うだけのことはあり、A-1〜N-4まで大量のミニサンプルを手に取って見ることができるのだが、これらのミニサンプルを最初から最後までチェックし、使用する紙の候補を絞りつつ、椙元君とも連絡を取り合うことで候補の精度を高めていった。そして店に来店してから数時間が経過し、最終的に候補は大分絞れたのだが、中々最終決定には至らなかった。そこで椙元君が日曜日は休みということで、また日を改めて3人で紙の種類を検討することに。次の日は店の開店とほぼ同時に入店し、大体正午までにほぼ全ての紙の候補が決定した。これがデザイナーパワーである。実際には紙がその場に置いていない場合は注文になるが、takeopaper.comなどのウェブストア、もしくは本店に行った方が早く手に入る場合がある。またどうしても安く済ませたい場合は、同じ種類の紙があるとは限らないが、世界堂などを使うのも手だろう。

紙を選ぶ|見本帖本店・各店

takeopaper.com

4種類の本

また3人で改めて制作する本の種類を話し合ったのだが、発売する本の種類は以下の4種類になる予定で、それぞれ日本語と英語で発売することが決定した。

・特装限定版 (Specially Bound Limited Edition)
・受注生産版 (Print on Demand Edition)
・普及版 (Consumer Edition)
・電子書籍版 (Digital Book Edition)

それぞれ作品の仕様と販売価格は異なるが、各版の特徴は以下のようになる。

特装限定版 (Specially Bound Limited Edition)

日英各10部限定発売。特装の名の通り専用の手作りブックケース付属。絵の部分は全てリトグラフのアルミ版で刷り、文字情報は全てCTPのPS版で刷る。また1枚1枚全て手作業で刷り、手製本で仕上げている。要するに本の中に版画詩が50枚セットで入ったアーティストブック、アート作品として捉えてもらえれば分かり易い。紙の種類も含めて最大限拘り抜いて制作した。

受注生産版 (Print on Demand Edition)

受注があればその都度制作する。絵と文字情報は全てCTPのPS版で刷る。また1枚1枚全て手作業で刷り、手製本で仕上げている。アーティストブックであり、本でもあるという特徴を色濃く残す。紙の種類は特装限定版を反転させたようなイメージで選択し、制作した。

普及版 (Consumer Edition)

特装限定版と受注生産版との違いは、手製本ではないことと、リトグラフのアルミ版、CTPのPS版を使用して刷っていないこと。どちらかと言えば本としての特徴が強い。紙の種類は選択肢の中から最善の組み合わせを選択し、依頼した。

電子書籍版 (Digital Book Edition)

展覧会に来られない方、内容を知りたい方のために、一番気軽に本を手に入れられる手段として電子書籍としても発売する予定。どのような販売経路で発売するかは今のところ未定。

「アルミ・キューブ」と「詩と版画の組み合わせクイズ」

上記の話し合いとは別に、昨日の日曜日は以前「億光年のドライヴ」で一緒に出展した作家である柏木のりこさんがダイナミックサイクルに来店するということで、土曜日と日曜日の紙選びの後に急遽内装と最低限の展示の形式を整えた。内装に関してはアルミホイルで棚を覆う展示方法は「ホワイトキューブ」ならぬ、「アルミ・キューブ」として次世代の背景となり得るポテンシャルを感じた。また壁の部分を白くペンキで塗るだけで全く全体の空間の印象が変わる。問題は中央の「アルミ・キューブ」の部分に展示しようとしていた版画詩が異様に映えないということ。これは「アルミ・キューブ」と版画詩に使用した紙の相性が悪いのか、画鋲と紙の上に付けたネオジウム磁石の大きさの問題なのかは分からなかった。しかし特装限定版のキュリアスメタルの紙を使用し、細長いネオジウム磁石の見栄えが良かったのでそれも使用することで何とか最低限の展示の形式は完成した。もちろん同時に大掃除も行われた。その結果この時点では詩が展示できず、柏木さんには以前コピーした紙に書いてある詩と見比べながら展示を見てもらうことになったのだが、これが意外にも「詩と版画の組み合わせクイズ」というコンテンツを生み出すことになり、差し入れと共に好評をいただいた。これが火事場の馬鹿力というやつなのか。2月に向けて作品、展覧会、イベントを含めて完成させていく必要があるが、制作が報われる瞬間とは常に人に見てもらい、何かしらの反応や感想をいただいた時なのだと悟った。

Coincheckクラッキング事件 後編: 限りなく不透明な補償方針

Coincheckによる補償方針

Coincheckクラッキング事件について後編では限りなく不透明な補償方針について中心に書いていく。まず以下のリンクに書いてあるCoincheckによる補償方針を読んでみてほしい。

不正に送金された仮想通貨NEMの保有者に対する補償方針について

ここで重要な点を箇条書きで整理すると以下の3点になる。

・XEMではなく、JPYで返金

・補償時期と手続き方法は未定

・今後も事業を継続する予定

これらに関して次の項目で一つずつ詳細に検討していく。

限りなく不透明な補償方針

XEMではなく、JPYで返金

これに関しては返金を諦めていたものが返金される可能性が出てきたということで、Coincheckを賞賛する声も上がっている。その手のひら返しは不良が更生したら普通の人と同じことをやっても賞賛されるのと似た現象に見えるが、よく考えてみればこれは補償方針として問題外だろう。結論から言えば、盗難されたXEMはJPYではなく、XEMでそのまま補償するべきだ。何故かと言えば以下に挙げるような三つの理由から。

・JPYで返金した場合、返金する際のレートが不明瞭、もしくは顧客にとって不利だから。

・JPYで返金した場合、顧客は利益が出ていようが損失が出ていようが強制利確されたことになり、来年度の確定申告の義務が発生する可能性が高いから。

・顧客の財産は顧客のものであり、強制利確する権利がそもそもCoincheckにはないから。

返金レートについて

最初の理由である返金レートについては、ZaifのXEM/JPYレートを参考に、出来高の加重平均を使用したと書いてある。確かにCoincheckでは取引が停止されていたわけだからやむを得ない措置かもしれないが、問題はそのレートを算出した時間だ。先程のリンク先から引用すれば「CoincheckにおけるNEMの売買停止時から本リリース時までの加重平均の価格」と書いてある。しかしそもそもXEMの価格が他の取引所も含めて暴落したのはCoincheckクラッキング事件が主因であることは明らかであり、その暴落の原因を作っておきながらほとんど底値に近いレートである単価88.549円で計算したJPYで返金するというのは意味が分からない。またこの事件後には一時的にXEMの価格は上昇しており、その機会損失を含めてもこのレートを採用する妥当性は低い。そもそも不正検出時には約620億円、発表時には約580億円の価値はあったので、このレートで計算して約460億円を返金すると少なく見積もっても120億円、多く見積もれば200億円以上は顧客が損失を被ることになるわけだ。もしかしたら多くの人は金銭感覚が麻痺しているのかもしれないが、普通に考えてこれは仕方がないで済ませて良い金額でもない。

強制利確について

次の理由である強制利確について。これは先程の返金レートよりも深刻な問題になる。まず前提として現在の税制では仮想通貨をJPYに利確し、合計20万円以上の利益になった場合には確定申告の義務が生じる。つまり今回の件の場合は特別な救済措置がない限り、かなり多くの人が強制的に来年度の確定申告の義務を背負うことになるということだ。そもそも現在の税制を気にしてあえて利確せずにガチホしていた人もいるだろう。また今回返金される予定のレートより低いレートでXEMを購入していた人は将来値上がりした場合は損した気分になるだろうし、逆に返金される予定のレートより高いレートでXEMを購入していた人は勝手に損失が確定されたことになる。一方でCoincheckの視点で見ると、今回の件が法人税で損金に算入できるとすればむしろCoincheckは得したことになり、顧客に損失を押しつけ、自分たちは得をするような決定が許されるわけがない。

財産権について

顧客の財産権は顧客に属しているのであって、Coincheckに属しているわけではない。よってそもそもCoincheckが勝手に返金レートを決め、強制利確したことにして、JPYで返金するという判断をすることができない。なので顧客の財産権を侵害しないためには、盗難されたXEMと同額のXEMをそのままそっくり顧客に返金するしかない。そもそも今回の件で機会損失を含めて既に顧客には被害が出てしまっているのであり、その上さらに勝手に返金レート、強制利確、JPYでの返金という重大事項を決めてしまうのはどう考えてもおかしいだろう。

補償時期と手続き方法は未定

補償時期と手続き方法は未定。つまり数日後、数週間後に返金されるのか、数ヶ月後、数年後に返金されるのか、1億年後に返金されるのかはまだ分からないということだ。さらに手続き方法によっては、そこで何かしらの問題が発生する、もしくは返金されないなどの事態も起こり得るし、本当に支払い能力があるのかも確定していない。Coincheckによる補償方針が発表されたことで既に一部では安心ムードが漂っている。しかし、安心するのはせめて補償時期と手続き方法が確定し、実際に手元に返金されたお金が戻ってからにするべきだろう。

今後も事業を継続する予定

今後も事業を継続する予定との発表があったが、問題はそれができるかどうかだ。今回の件で日本における仮想通貨人口の多さと、仮想通貨取引所の圧倒的な利益率が表に出てきたわけだが、未だにブラックボックスになっている点は多い。仮に事業を継続する場合は、まずセキュリティ対策を全面的に強化することが必須になる。またそもそもCoincheckは金融庁が認可する仮想通貨交換業者に認可されていない。日本最大級の仮想通貨取引所であるCoincheckがなぜ中々認可されないかについては今まで様々な説が囁かれてきた。その正確な理由は分からないが、今回の件で明るみに出たセキュリティ対策の杜撰さを見ればその理由の一端は見えたと言っていいだろう。今後はCoincheckのみではなく、他の仮想通貨取引所も含めて金融庁を含む監視の目が強化される可能性は高く、そこから出てくる新情報によってはまた新たな動きが見えてくるはずだ。

カウンターパーティリスク

仮想通貨には多くのリスクがあるが、仮想通貨取引所を使用するリスクとしてはカウンターパーティリスクがある。これは今回のCoincheckクラッキング事件とも大きく関わるリスクだ。カウンターパーティリスクを簡単に説明すると、取引相手、つまりこの場合は業者であるCoincheck自体が破綻するリスクになる。仮想通貨取引所は海外を含めてかなりの数があり、仮想通貨取引所を使用する際は常にこのカウンターパーティリスクがつきまとうことになる。今回の件の場合はまだCoincheckが破綻すると決まったわけではないが、今後の動向によってはこのリスクが発動する可能性はある。もちろん何かを得ようと思えば何かしらのリスクを取ることは大事だ。ただ前編で書いたようなコールドウォレット、マルチシグなどは個人でも使用できるものであり、避けることが可能なリスクはできるだけ最小限に抑えることが重要である。また現在ではDEXやBancorといった仮想通貨取引所を通さなくてもウォレットから直接仮想通貨をやりとりできるプラットフォームもあるので、仮想通貨取引所に置いておく財産は最小限にする、もしくは普段は一切置かないということを徹底するべきだ。

後編のまとめ

後編ではまずCoincheckによる補償方針について、重要な点を3点に絞って整理した。次に限りなく不透明な補償方針という項目でXEMではなく、JPYで返金することが何故良くないのかを三つの理由と共に解説した。さらに補償時期と手続き方法、事業の継続予定などの点についても今後の不透明な展開を含めて記述した。最後に仮想通貨のリスクの一つであるカウンターパーティリスクを紹介し、個人が取れる対策方法を述べて記事を締めた。前編で説明した事件の経緯、セキュリティ対策、NEMについての基礎知識と合わせて後編を読めば、事件の全体の流れ、対応が不十分な点、リスクに対する対策も含めて理解できるように書いたつもりだ。

仮想通貨の振り返りと今後について

最近では出川哲朗のCMが話題になったり、仮想通貨の格付けが発表されるなど、最近の仮想通貨取引所を含む仮想通貨界隈は大きな動きを見せていた。今回の件は未だに決着しておらず、対応方法によっては仮想通貨の冬の時代、もしくはババ抜きの開始の引き金になる可能性もある。もちろん今回の件はXEMを盗難した犯人が一番悪いのであり、Coincheckはその視点で見れば被害者である可能性もある。しかし今回の連載記事で述べてきたように、虚偽説明を含めたセキュリティ対策が万全ではない状態で運営していたことを含め、Coincheckは顧客に対する加害者でもある。また仮想通貨全体としてはNEMに焦点が当たり、お茶の間を含めて玉石混淆名情報が垂れ流されることになった。個人的には久しぶりの仮想通貨関連の記事になったが、特に以前から主張は変わっておらず、基本的に素人は手を出すべきではなく、もし手を出すなら余剰資金のみでということだ。昨年末からの仮想通貨の加熱ぶりは、技術の発展とは無関係なものであり、それ故に強力な力を持っている。この流れがいつまで続くかは分からないが、ただ一つ言えることは自分の身を守れるのは自分だけということであり、そのためには情報をできるだけ集めた上で自分で判断するしかない。

Coincheckクラッキング事件: 連載記事リンク

Coincheckクラッキング事件 前編: 盗まれたXEMとホットウォレットとシングルシグと

Coincheckクラッキング事件 後編: 限りなく不透明な補償方針

Coincheckクラッキング事件 前編: 盗まれたXEMとホットウォレットとシングルシグと

仮想通貨の流れと象徴的な事件

今回の連載記事では昨日起きたCoincheckクラッキング事件について、前編と後編に分けて書いてみようと思う。昨年末はBTCとBCHのシーソーゲーム、仮想通貨の認知度の上昇からの全仮想通貨の暴騰、クリスマス休暇前から年末にかけての税制を意識した利確暴落。今年に入ってからは各国の仮想通貨に対する規制などを考慮に入れたさらなる暴落、そして今回のCoincheckクラッキング事件など仮想通貨界隈は常に話題に事欠かない。これらは相場に大きな影響を与えた流れを掻い摘んで列挙しただけだが、これだけ見ても仮想通貨は短期間で歴史を大きく塗り替えてきたことが分かる。特にBTC → 主要アルトコイン → BCH → 草コインと暴騰の流れは短期間で移動してきたが、全体的にはリテラシーの低い層が仮想通貨に流入してきたことで相場は益々混沌に満ちてきている。また年末利確 → 年始暴落の流れで税金が支払えなくなるリスクはNILOGでも何度か注意喚起してきたが、恐らく今回の事件も含めて今年の確定申告は阿鼻叫喚になりそうな予感がする。最低でも含み益ではなく、利確後、さらに言えば税金支払後でなければ億り人、自由億という概念は夢と思っておいた方が良いだろう。そんな中で今回の事件は象徴的な事件であると共に歴史上最大規模の盗難事件であり、仮想通貨に関わっている人以外もある程度詳しく知っておいた方が良い事件なので取り上げることにした。

事件の経緯

まず事件の経緯を2018年1月26日の時系列で整理すると以下のようになる。

01. 02時27分: 当時のレートで約580億円のXEMが盗難される。
02. 11時25分: XEMの残高の異変を検知。
03. 11時58分: XEMの入出送金を一時停止。
04. 12時07分: XEMの入金を一時停止すると告知。
05. 12時38分: XEMの売買を一時停止すると告知。
06. 12時52分: XEMの出金を一時停止すると告知。
07. 16時33分: JPYを含む全取り扱い通貨の出金を一時停止すると告知。
08. 17時23分: BTC以外の仮想通貨 (Altcoins) の売買を一時停止すると告知。
09. 18時50分: クレジットカード、ペイジー、コンビニ入金を一時停止すると告知。
10. 23時30分: AbemaTVで記者会見を行う。

記者会見について

記者会見 ≠ 公開処刑の場

事件が起きた当日というかなり早い段階での記者会見だったため、Coincheck側が準備不足だったことは否めない。もしくはその段階では言えない事柄も幾つか含まれていたと推測されるが、基本的には現在調査中ですというような歯切れの悪い発言が目立った。一方で記者会見に出席していた記者の多くは仮想通貨についての基本的な知見を欠いていると思われる質問、コメントが散見され、言葉遣いを含めて乱暴であり、全体的にかなり酷い記者会見だった。記者会見は事実確認の場であり、公開処刑の場ではなく、記者は正義の使者であるわけでもない。記者側が無意味かつ感情的に騒ぐほどに逆にCoincheck側に感情移入してしまうことも考えられ、正確な事実確認にとっても有害であるので、記者たちがまず記者会見の認識を改めることが必要だろう。

判明した事実について
ホットウォレットとコールドウォレット

まず盗難されたXEMはホットウォレットを使用して管理していたとのこと。この事実に関しては仮想通貨に詳しい人はかなり驚いたはず。ホットウォレットは通常コールドウォレットと対比されるが、単純化して言えば前者は常時インターネットに接続されている管理の仕方でセキュリティは脆弱、後者はインターネットとは切り離された管理の仕方でセキュリティは強固ということになる。Coincheckは「サービスの安全性」の項目で、コールドウォレットの使用をセキュリティ対策の一環として挙げていた。ただ「コールドウォレットによるビットコインの管理」とも書いてあるので、「XEMはビットコインではない」という言い訳もできるかもしれないが、解釈の仕方によっては虚偽説明として詐欺罪に該当する可能性がある。ちなみにコールドウォレットの例としてはハードウェアウォレットやペーパーウォレットなどがあり、ハードウェアウォレットはAmazonなどではなく以下のような公式ウェブサイトから購入することが重要だ。公式以外の場所で購入すると事前にマルウェアを仕込まれるなどして仮想通貨を失う危険性がある。

Ledger Nano S

TREZOR

シングルシグとマルチシグ

次に盗難されたXEMはシングルシグを使用して管理していたとのこと。シングルシグ (Singlesig) はシングルシグネチャ (Singlesignature) の略で、送金時に単一の秘密鍵署名を要求する仕組みのことを指す。一方でマルチシグ (Multisig) はマルチシグネチャ (Multisignature) の略で、送金時に複数の秘密鍵署名を要求することでセキュリティを高める仕組みのことを指す。つまりNEMには最初からマルチシグの機能が導入されていたが、Coincheckはその機能を使用せずにXEMを管理していたことになる。喩えて言えば、一つの宝箱を開けるのに一つの鍵が必要なのがシングルシグで、複数の鍵が必要なのがマルチシグ。シングルシグの場合は一つ鍵を盗まれれば宝箱の中身は盗まれるが、マルチシグの場合は一つ鍵を盗まれても宝箱の中身を盗まれることはなく、その盗まれた鍵をなかったことにして、違う鍵と取り替えることもできる。もちろんマルチシグを導入しているだけではセキュリティ対策になっているかどうかは分からず、鍵は別々の場所に保管するなどどのように運用しているかを含めて判断される。しかしセキュリティ対策が万全であることをアピールしていたCoincheckがNEMに仕様として導入されていたマルチシグを使用して管理していなかったのは大きな問題だろう。

NEM財団について

またNEMのコミュニティにはNEM財団という非営利団体がある。NEMは中央集権の仮想通貨ではないのでNEM財団に特別な権限があるわけではないが、NEM財団のコミュニティにおける影響力は強い。今回の件を受けてCoincheckは盗まれたXEMを実質無効化させるためにNEM財団にハードフォークを要請したが、この件に関してはNEMの脆弱性ではないとの理由で却下されたとのこと。今回のCoincheckクラッキング事件はビットコインにおけるマウントゴックス事件を彷彿とさせるが、このハードフォーク要請に関してはイーサリアムにおけるThe DAO事件を彷彿とさせる。イーサリアムにおけるThe DAO事件とは、イーサリアムを基盤としたThe DAOというプロジェクトが約65億円のクラッキング被害に遭い、その責任の一端がイーサリアムにもあるとしてハードフォークを行った結果、イサーリアムとイーサリアムクラシックに分裂した事件。ハードフォークを行うこと自体にも様々なリスクがあるため、今回のNEM財団の判断は基本的には正しい。またNEM財団のメンバーは現在盗難を行った犯人のウォレットに、NEMのモザイクという機能を使用してマーキングしている。しかしこの方法のみでは犯人を特定することはできず、また盗難されたXEMが例えば匿名性の高い仮想通貨などを通してマネーロンダリングされた場合、実質上追跡不能になる。また送金されたXEMが盗難したXEMだと分かっていたとしても、それを受け入れないことを強制することはできないという問題は残る。

NEMについて

今回の件で一躍有名になったNEMだが、報道機関を含めて勘違いが多いので基本的な情報を解説しておく。まずNEMはプラットフォーム名であり、通貨名はXEMである。また今回のクラッキング事件に関しては全面的にCoincheck側のセキュリティ対策が甘かったことに問題があり、NEMに問題があったわけではない。NEMにはPOS (Proof of Stake) の変形である POI (Proof of Importance) という仕組みがあり、今回の追跡についてはFungibility (代替可能性) の観点から問題があるとする意見もあるが、これらの是非についてはここでは議論の対象としない。ただNEMを恐らくNEOと間違えて中国系の仮想通貨と勘違いしている人がいたり、今回の事件はNEMの脆弱性の問題と勘違いしている人も見受けられるのでそれらは勘違いであると明言しておく。そもそも論として現状の仮想通貨には無限連鎖講のような仕組みがあり、初期参入者によるポジショントークが目立ち、市場操作性が高いと言えば確かにそれらは問題だが、それはNEMの問題というよりは仮想通貨全体の問題である。

前編のまとめと後編の予告

今回の前編ではまずCoincheckクラッキング事件の経緯を時系列でまとめた。そもそも盗難が発生してから検知までが遅すぎるという問題があるが、最大の問題はコールドウォレットとマルチシグを使用してXEMを管理していなかったことだ。またそれらの管理の仕方はセキュリティ対策に力を入れているとしていたCoincheckの宣伝内容と矛盾し、虚偽説明をしていたと言われても文句は言えない。またNEM財団によるハードフォークの拒否の判断は良かったのと、犯人のウォレットのマーキングはできているものの、それで追跡が完璧なわけでもないし、問題が解決したわけでもない。さらにNEMについての情報も錯綜している状況を考えると、まずは基本的な情報を抑えてから今回の件と向き合う必要がある。後編ではCoincheckによる補償方針についての話題を中心に書く予定だが、状況が刻一刻と変化していくので後ほど追記などを使用して対応していく必要がありそうだ。

Coincheckクラッキング事件: 連載記事リンク

Coincheckクラッキング事件 前編: 盗まれたXEMとホットウォレットとシングルシグと

Coincheckクラッキング事件 後編: 限りなく不透明な補償方針

ブックケース改を制作してみた

ブックケース改までの道のり

前回はブックケースをカルトナージュで制作してみたという記事で、ブックケースの一つの完成形を模索した。そして実際にカルトナージュという技法を使用してブックケースを完成させることができた。しかし前回の記事のまとめで書いた四つの理由によりこの方向性は捨て去ることになり、同時にカルトナージュと似たような方法で布ではなく紙で制作したい旨を書いていた。今回はその計画を実践してみたので、その制作方法を書き残しておきたい。

ブックケース改の制作方法

まず土台となる紙を用意する。

ブックケースの外寸: 148×110×19mm
ブックケースの内寸: 148×108×17mm

このブックケースのサイズに沿って作るので、パーツA×2とパーツB×2を以下のサイズで裁断する。

パーツA: 148×110mm
パーツB: 148×17mm

次にボンドで接着した後に補強するために使用するマスキングテープを準備する。ブックケースの外側と内側の合計8箇所を補強するので、マスキングテープも8個分準備しておくことになる。各マスキングテープは148mm×12.75mmで、底辺と高さを6.375mmとする直角二等辺三角形の形で4箇所の角を切り取っている。この作業は要するにマスキングテープの幅が広すぎたので半分に切り取り、綺麗に土台に貼り付けるために角を切り取っているだけなのでそこまで正確に計算しなくても問題はない。また実際に貼り付ける前に鉛筆で線を引き、カッターで切り込みを入れておくとスムーズに作業ができる。

パーツBの細い部分にボンドを付け、パーツAと接着する。その後に先程準備したマスキングテープを貼り付けて固定する。パーツBはどちらもパーツAに挟むように配置しないと寸法がずれるので注意が必要。

ボンドの接着とマスキングテープの固定を繰り返して土台を完成させる。ここまでは前回と同様。ただ以前とは違い、全ての箇所をボンドで接着した後にマスキングテープで固定という流れではなかったので多少楽に作業できた。

次に外側に貼り付ける紙を裁断し、折り目に鉛筆で線を引いていく。外側の紙A×2と外側の紙B×2が必要になるが、それぞれのサイズは以下になる。

外側の紙A: 178×110mm
外側の紙B: 178×49mm

外側の紙Aに関しては、縦の上下15mmの位置に線を引く。外側の紙Bに関しては、縦の上下15mmの位置に線を引く。次に横の左右15mmの位置に線を引く。そして底辺を24.5mm、高さを30mmとする直角三角形の形で4箇所の角を切り取る。さらにその切り取って残った斜辺を底辺として、先程線を引いた中央の長方形の4箇所の角を頂点とする三角形を切り取る。これらに関しては全体的にのりしろを作るための切り取り方に改善の余地がある。まず外側の紙Aに関しては貼り付ける前に切り取り忘れたので、後から斜めに切り取ったが、少なくとも3〜5mm以上は真っ直ぐな部分を残してから斜めに切り取らないと、内側の紙を貼った後に土台が少し見えてしまう。これは外側の紙Bの切り取り方も一緒で、上下ののりしろも3〜5mm以上は真っ直ぐな部分を残してから斜めに切り取るべきだったし、左右ののりしろも3〜5mm以上は真っ直ぐな部分を残してから斜めに切り取るべきだった。これらに関しては、本番の作業では改善していきたい。

外側の紙B×2をボンドで貼り付ける。

外側の紙A×2をボンドで貼り付ける。

次に内側の紙A×2と内側の紙B×2を用意する。それぞれのサイズは以下になる。

内側の紙A: 143×108mm
内側の紙B: 143×47mm

内側の紙Bは底辺15mm、高さ15mmの直角二等辺三角形で4箇所の角を切り取っており、左右15mmの幅に線を引いている。また定規などを使用して線で折り目を付けておくと後に貼り付けやすくなる。最後に内側の紙B×2をボンドで貼り付け、次に内側の紙A×2をボンドで貼り付ければ完成。ピンセットや定規などを使用すると整えやすいはず。ちなみに両方の入り口から数mm引いた部分に貼り付けるためと、紙の厚みなども考慮に入れるために、内側の紙のサイズは内寸よりも多少小さくなっている部分がある。

上に掲載したこれらの写真が、ブックケース改の完成写真になる。

今回の記事のまとめ

今回はブックケース改を実際に作ることに成功し、その制作方法を説明してみた。以前からのブックケースの試作品を制作していた状態、カルトナージュの技法を試していた状態を経て、今回のブックケース改に辿り着いたわけだが、自分としてはかなり満足のいく出来になった。今回は束見本を作る際に余った紙を使用したので、再度改めて紙を検討し、今度は実際に本番でブックケースを作ることになりそうだ。本番はのりしろの部分の切り方を工夫することと、途中でボンドが紙に付いて汚れることを避けられない部分をどうするかを考える必要がある。何故かというと本番ではリトグラフの絵を刷っている状態の紙を使用するので、ボンドを落とすために多少水で紙を洗うこともできない可能性があるからだ。このように本番で気を付けるべき改善点はあるものの、遂に自分で満足できる完成形が見えたことは大きな進展だった。また最近は手を動かしながら考え続けて改良を加えていくスタイルも身に付いており、以前よりも制作が順調になっているように思える。元々ブックケースを作る予定はなかったのだが、やろうと思えばここまでできるということに自信を持ちながらも、次のステージでさらなる飛躍を試みていきたい。

死と眠りについて

意識と無意識

今この瞬間、非常に眠い。眠すぎて頭が働かず、何かを考えているのか考えていないのかも良く分からないでこの文章を書いている。なので自分の文章を何度読み返しても大して頭に入らないし、文体もいつもとは若干変わるかもしれない。そもそも考えることと思うことは違い、考えることは意識的だが思うことは無意識的なので、むしろ頭が働かないと思っている時の方が思考しているのではないかと思う。そしてその考え方は意外に人生における核心を突いているのかもしれないと確信し始める。何かを意識的に求めても永遠に辿り着けないが、無意識的に放っておくと勝手に辿り着いていたりする。何かを意識的に掴もうとしても綺麗にすり抜けられてしまうが、無意識的に何もしないでいると勝手に集まってくる。

思考について

しかし今は何も思考したくないのだ。「今は」というよりは、もう永遠に思考を放棄したいとすら思い始めている。何故なら思考には癖があり、それは繰り返す度に強化されていき、幾ら思考が自由だと思っていても、その道筋からいつの間にか出られなくなっていることがあるからだ。だからそのある程度決められてしまった道筋から外れてみたい。それは自分が自分でなくなるということかもしれない。またそれは死という概念と一見不可分な主張にも思えるが、そこには差異がある。思考という概念がどこまでの範囲の抽象的、情報的な活動を指すのか完全には分からない。ただ思考を放棄したとしても生きることはできるし、徹底的に思考することと、思考を放棄することは一見正反対に見えて実は近いことのようにも思える。

死と眠りについて

また死と眠りは近しい意味を持つ概念として互いに使用されやすい。その証拠に例えば眠るように死んだ、もしくは死んだように眠るというような比喩は良く使用される。ではこれらの概念の差異は何かと言えば、死は無限性、永続性を前提としており、眠りは有限性、一時性を前提としていることだ。死ぬ者にとっては明日は来ないことが前提であり、一方で眠る人にとっては明日は来ることが前提となっている。逆に死と眠りが状態として近いかどうかは体験としては誰も死んだことがないので分からないが、前者は過去の記憶などを元に走馬燈が、後者は過去の記憶などを元に夢が構築されることは良く知られている。だとすれば日常生活と眠るという行為は全て、最後の死の走馬燈の一瞬が永遠に引き延ばされた情報空間と時空を体感するための予行練習と捉えることもできる。その最後の一瞬を後悔しない永遠にするために、いつ眠るように死んでも良いように、できれば今日は死んだように眠りたいと思う。

「結局我々は調味料を食べているのではないか仮説」

共感されない仮説

今回の記事では「結局我々は調味料を食べているのではないか仮説」という独自の仮説を検証してみる。以前から何度かこの仮説を提唱してきたことがあるのだけれど、いまいち共感を得られずに悔しい思いをしてきた。しかし今回の記事では一つ一つの論点を解きほぐしていくことにより、最終的には主役とされる食材こそが脇役であり、脇役とされる調味料こそが主役であるということを検証していく。ちなみに今回の記事で言う食材とは野菜、魚、肉、穀物などの総称を指し、調味料とは砂糖、塩、酢、醤油、味噌、マヨネーズ、ケチャップなどの定番の調味料から、タレやめんつゆなどの合わせ調味料、もしくはうまみ調味料などの人工的な調味料も含めた総称を指すことを事前に断っておく。

仮説の内容

五感から情報を得る割合

まず仮説の名称は「結局我々は調味料を食べているのではないか仮説」となっているが、これだけだと内容が伝わりづらいのでより具体的に仮説の内容を説明していく。まず前提として五感において視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚から情報を得る割合はそれぞれ87%、7%、3%、2%、1%だと言われている。そもそも味覚はある食べ物が有害が無害かを判定するために発達してきた感覚なので、進化の過程ではそこまで鋭敏な感覚である必要がなかった。つまり有害なものが不味い、無害なものが美味い程度の大雑把な区分ができれば良かったわけだ。この観点で考えれば例えば現代社会ではワインの味が分かることが一種のステータスとなっているが、これにはおかしさを感じる。何故かと言えばアルコールは特に脳にとって有害であるというデータはある程度出揃っているので、アルコールを含んだワインを美味しいと感じるのはAcquired taste、言い換えれば後天的な訓練の成果であり、生物学的には有害なものと無害と感じてしまっているという点でむしろ退化していると言っても過言ではないからだ。

食材と調味料の歪な関係性

また先程の五感から情報を得る割合がある程度正しいとすれば、料理においても究極的には味覚よりその他の感覚の方が重要と言えなくもない。ただ今回はその1%の情報のうち、食材と調味料のどちらが重要かという部分に焦点を絞る。その観点から言えば一般的に食材との関係性においては、通常食材の方が重視され、調味料はどちらかといえばおまけ扱いとなっている。あの店の肉や魚を食べに行こうと言うことは不自然ではないが、あの店のタレ、めんつゆを食べに行こうとは言わない。このように通常は食材は調味料より重要であるという認識が一般的になっているが、今回は逆に調味料は食材より重要であるという仮説を立て、それについて検証していきたいということだ。

仮説の検証

調味料抜きの場合

実際に科学的なデータを取得して検証することはできないので、ここからは思考実験になる。まず食材を調味料なしで食べた時のことを想像してみてほしい。例えばカレールー抜きのカレー。もちろんカレールーの他に塩、醤油などの調味料も使用してはいけない。これはもはやカレーとは呼べず、炊いた米と炒めて煮込んだ野菜を食べても特別に美味しい料理というわけではないだろう。次にソース抜きのお好み焼き、たこ焼き。これに関してもほとんど味はせず、特に美味しくないはずだ。またはタレ抜きの焼き肉。焼き肉はタレ抜きで食べるのが美味しいという人に未だに出会ったことがない。さらに調味料抜きスープのラーメン。絶対に不味い。その他にも焼き餅、餃子など例は幾らでも考えられる。

調味料のみ、もしくは食材のみ変えた場合

逆に先程の例の調味料のみを食べた場合。カレールー、ソース、焼き肉のタレ、ラーメンスープなどどれも濃い味がするかもしれないが、美味いはずだ。またそれらの調味料を全く違う食材にかけてみた場合を想像してみてほしい。カレーラーメン、ラーメンスープ餃子、焼き肉のタレお好み焼き、たこ焼き、ソース焼き肉など。既に商品化されていたり、レシピが想像の付くものばかりであり、それほど違和感はない。「ラーキャベ」などの存在を含めむしろそれらが異なる組み合わせの方が好きという人すらいるかもしれない。ということはつまり食材のみの味というものはほとんど関係がなく、味に関しては調味料次第で決まると言っても過言ではない。これは要するに調味料が主役であり、それを基軸として脇役である食材を選ぶという関係性の逆転がここでは起こっていると言える。これが正しいとするならば、「結局我々は調味料を食べている」という仮説が検証されたことになる。

壮大な夢

もちろん5大栄養素などの観点から考えると、食材を食べるということが重要なのは明らかだ。また食感という意味では湯葉などの味がほとんどしない食材が評価される意味も分かる。しかしお菓子やジャンクフードといった存在が何故これ程までに勃興してきたかを考えると、これらは調味料という観点に特化した存在だからだ。またこれはヴィーガンやベジタリアンの料理とも関連性のある話であり、肉などの食材を捨てたとしても彼らは調味料に創意工夫をこらすこと、また濃い味付けを避けるなど身体的に味覚を研ぎ澄ませることで、ヴィーガンやベジタリアンでない人と味覚満足度的にはほぼ変わらない食生活を送ることができる。ヴィーガンやベジタリアンに関してはこの辺りの事情が余り理解されていないため、肉などの食材の制限は美味しい物を放棄していると誤解を受けている面があるのだろう。究極的には以前から言っているように、味覚を科学的に解明し、それを情報として再現することで自由に味が選べ、物理的には必要な栄養素が全て入っているような食べ物が人工的に生産できれば理想的である。その技術が実現すれば、食材と味覚と健康を完全に切り離して別々のパラメーターとして扱うことができるので、お菓子やジャンクフードが健康に悪いという問題、もしくは肉を食べることによる是非の問題すら問題ではなくなるはずであり、その食べ物を世界中にばらまくことができれば飢餓の問題も簡単に解決するはず。そんな壮大な夢を語りつつ、今回の仮説の検証はこれで終わりたいと思う。

ブックケースをカルトナージュで制作してみた

カルトナージュの導入

数日前に束見本の再制作とブックケースの試作品制作という記事でブックケースの試作品を制作した。今回はその次の段階ということで、そのブックケースの土台をカルトナージュという技法を使用して改良してみた。カルトナージュとは簡単に言えば紙で作られた箱を紙や布などを使用して装飾するフランスの伝統工芸のこと。今回の生地ではその制作手順を含めて写真付きで紹介していきたい。

カルトナージュの制作手順

まずはマスキングテープを用意する。本来は水張りテープを使用するが、マスキングテープでも代用可能。

前回制作した土台の外側と内側をマスキングテープで補強する。マスキングテープの幅が広かったので縦に半分に裁断し、各テープの四つの角は45度で切り取った。また既に出来上がっていた土台の内側に後からテープを貼り付けるために、各テープをケースの形に沿って半分に折り、定規などを駆使して上手く圧力をかけながら貼り付けた。

ケースの外側に使用する綿ブロードを用意する。

ケースの縦の長さと横の合計の長さに、上下左右15mmののりしろを加えたサイズで、生地を裁断する。

ボンドを用意する。

へらを用意する。

ボンドとへらを使用して先程の生地をケースの外側に貼り付ける。今回は横方向では生地を重ねずにぴったり裁断し、縦方向では生地の各角を45度で切り取り、折って箱の内側に貼り付けた。

次に画用紙を用意する。本来ケント紙を使用するが、画用紙でも代用可能。

ケースの内寸を基準として、どちらの紙も縦の長さを-5mm、横の長さを-2mmで裁断する。

ケースの内側に使用する綿ローンを用意し、先程の内寸を基準とした紙の上下左右10mmののりしろを加えたサイズで裁断する。

各生地の上に、それぞれ紙を乗せる。

各生地の角を45度で裁断し、折り返して紙に貼り付けるが、上に掲載した写真のように一部折り返さない部分を残しておく。

最後に小さい方の面からケースの内側に貼り付ける。全面にボンドを塗るが、のりしろの部分は事前に縦に折っておくと貼り付けやすい。またピンセットなどがあると狭い隙間でも引っ張りやすく、定規などを駆使すれば正確な場所に貼り付けことができる。大きい方の面も同様に貼り付けて完成。上に掲載した写真は様々な角度からの完成写真と本を実際にケースの中に入れた写真になっている。ちなみにケースの両方の入り口とケースの内側に貼り付けた面には多少の隙間が空いていると良い。ブックケースの試作品を制作した時はカルトナージュを試すことが念頭になかったため、最終的にはケースの内側がかなりきつめになったが、何とか無理矢理本が入るサイズにはなっている。今回のようなカルトナージュをきちんと制作しようと思ったら、事前に素材の厚みや内寸、外寸を正確に計算して計画を立てておく必要があるだろう。

今回の記事のまとめ

今回の記事はブックケースをカルトナージュで制作してみたということで、数日前から大分進化したブックケースを制作することができた。しかし制作している最中にも既に予感していたが、色々考えた結果、今回の本ではカルトナージュを使用しないことにした。その理由としては以下の4点が挙げられる。

1. マスキングテープが透ける。

2. 手間がかかりすぎる。

3. 実際に刷った時の精度に不安がある。

4. 布だと石版感が出ない。

なので、実際にはケースの外側と内側には違う種類の紙を貼ることになりそうだ。その場合は土台の外側と内側をマスキングテープで補強したところまでは手順が一緒で、その後は違う手順で制作することになる。ただし今回カルトナージュを制作した手順はかなり応用が利くので、違う手順と言っても似たような裁断と接着の仕方でケースを装飾することになるだろう。実際にその制作を行うのは紙を購入後になりそうだが、簡単に自分の中で手順を書いておく。まずケースの外側には4面に切り分けた紙を貼り付ける。やり方としては、小さい方の面は上下左右15mmののりしろを加えたサイズで裁断し、四つの角を45度に切り取っておく。一方で大きい方の面の上下は15mmののりしろを加えたサイズで、左右はそのままの面の長さで裁断し、四つの角を45度に切り取っておく。そして小さい方の面から貼り付け、大きい方の面はその上に貼り付ける。またケースの内側は紙を先程の生地の形に切断し、それだけを貼り付ければOK。手順としてはそれで大丈夫なはずだが、他の下準備としてはまず以下がブックケースの土台のサイズなので、そのサイズで面ごとに濱中さんにリトグラフの絵を描いてもらうことが必要になる。

小さい方の面 * 2個: 148 * 17mm
大きい方の面 * 2個: 148 * 110mm

そして本番では実際に紙にブックカバーの絵をリトグラフとして刷った上で制作することになるが、特に問題がなければそれで完成するはずだ。

参照リンク

最後に今回のカルトナージュを制作する際に参考にした情報のリンクを以下に掲載しておく。今回は一部説明を端折っている部分もあるので、興味のある方は以下の情報を一読するとより詳しくカルトナージュの制作方法を知ることができるはずだ。

国立写真集向けブックケースの作り方

初心者向けカルトナージュの作り方 -布箱の基本- vol.1

初心者向けカルトナージュの作り方 -布箱の基本- vol.2

初心者向けカルトナージュの作り方 -布箱の基本- vol.3

初心者向けカルトナージュの作り方 -布箱の基本- vol.4

初心者向けカルトナージュの作り方 -布箱の基本- vol.5 ふたの応用編

吹雪と海

水と海への興味

吹雪の中、久々に海を訪れてみた。動機としては外出する予定があったので、ついでに久々に海に行こうと思っていたことと、雪が降っている中で海を訪れた記憶が余りなかったからだ。昔通っていた大学のキャンパス内に湖があり、冬になるとその湖が凍ることがあった。その光景は結構好きで、そもそも水や海を使用した以下のような作品にはアート的な興味がある。

また相転移における水の三態の変化にはフェティシズムを感じるし、以下の動画のように水を宙に浮かせることに関しては昔から興味を持っていた。

吹雪と海

今回は気温の関係からさすがに海が凍っているとは思っていなかったが、普段見慣れている海がどういう状態になっているかに興味があった。大雪警報、風雪注意報、着雪注意報が発令されていたので、ある程度の注意を払いつつ現地に到着。

少数の人を除き人はほぼおらず、道路は何故か雪と言うよりは砂で埋もれていた。そして海岸では見ようによってはこの世の終末感すら仄かに漂う風景が広がっていた。またいつもは海水が流れ込んでいる場所も砂と雪で埋もれていた。

風が無ければ降り注ぐ雪と海を楽しむこともできたかもしれないが、雪は強風と共に容赦なく身体を叩き付けてくる。流石に写真撮影に使用していたiPhone SEが壊れないか心配になってきた。

いつもとは違う風景

時間としては数分〜十数分程度の滞在時間だったが、帰り道は一部霰も降ってきており、少し顔が痛かったのと視界が見えづらかった。外出中には制服のスカートを着た学生たちが奇声を発しながら走り回る様子を目撃したり、下校中の小学生の集団とも遭遇したが、遂に進撃の巨人的な世界に来てしまったのかと思った。結論としては雪の日に海に行っても服が濡れるだけで特に良いことはないが、風景や人々の様子を含めて普段とは違う珍しいものが見られることは分かった。人間というのは不思議な生き物で、天候が崩れることに対する恐怖心がありつつも、それを何処か楽しみにしている自分もいる。なので警報や注意報などに気を付けつつ、あえて普段見慣れている場所での、いつもとは違う風景を観察しに行ってみるのも一興なのではないだろうか。