希望なき選挙 前編: 今回の衆議院解散総選挙のキーワード

冒頭解散から衆議院解散総選挙へ

本日自民党が臨時国会を冒頭解散したことにより、衆議院解散総選挙が行われる予定だ。日程としては来月の10日に公示、22日に投開票ということになる。このニュースは連日話題になっているので、ほとんどの有権者が知っていることだろう。今回の「希望なき選挙」という前編と後編に分かれた連載記事では、冒頭解散から衆議院解散総選挙に関連する情報を様々な観点からまとめた上で、一つの方向性を示したいと思う。

今回の衆議院解散総選挙のキーワード

まず前編の記事では今回の衆議院解散総選挙のキーワードについて、政治家本人の発言を元に独自の視点でまとめてみたい。自民党の安倍首相は「国難突破解散」、「国民に信を問う」、希望の党の小池代表は「しがらみのない政治で日本をリセット」、「アウフヘーベン」というキーワードをそれぞれ残している。しかしこれらの言葉はそれぞれ具体的に何を指しているのか不明である、もしくは実態に沿っていない。なのでまずはこれらのキーワードの意味を捉え、それらが発せられる状況をメタ解釈した上で、後編の争点についての話に接続していきたい。

「国難突破解散」

「国難突破解散」については、「国難」という言葉が何を指しているのか分からない。「国難」が「国の危機」を漠然と指しているのならば、国家という単位自体が揺らいでいる現代社会においては、どこの国であれ常に「国難」と言えなくもない。そもそも「国難」という言葉自体がプロパガンダ的な言葉であるが、その言葉は国民の恐怖の情動を上手く煽っているという意味でプロパガンダとしては優秀な言葉だ。何故かというと恐怖の情動は扁桃体という原始的な脳の部位に作用するので、それを煽ることは正常な判断力を失わせるために有効な手段であるからだ。また「国難」だからそれを「突破」するために「解散」するというのも良く分からない。政権としては自民党、首相としては安倍首相の時代が長く続いているわけで、それで「国難」に陥っているというのならばそれは正しく自分たちに責任があるし、特に「冒頭解散」という説明責任を果たさない上での「解散」が本当に最善の選択だったのかということにも疑問が残る。

安倍首相の言う「国難」とは何か?

安倍首相の会見で話された内容を簡潔にまとめてみると、以下の3点が「国難」とされているようだ。

1. 少子高齢化
2. 消費税増税
3. 北朝鮮問題

少子高齢化では特に子育てと介護について。消費税増税は2019年10月から10%に増税される予定だが、その使い道について。北朝鮮問題では弾道ミサイル発射、核実験などの挑発に対する安全保障を含めた対応について。本題ではないのでそれぞれに対して超要約した自分の意見を1行にまとめてみる。1については少子化に伴う子育ても、高齢化に伴う介護についてもAIを発展させて対処するしかない。2についてはそもそも特別会計の使い道を問うことが先であって、国税を消費税に一本化するならまだしも、財布の紐が緩いのが問題であるのに、財布に余分にお金を入れる必要があるのか疑問。3については現在自衛隊は違憲なので憲法改正して自衛隊を軍隊と明記し、自衛隊を合憲化すると共に、サイバーセキュリティに国家予算を投入して安全保障を強化するべき。大雑把にそれぞれに対する意見をまとめるとこんなところだ。

そもそも上記のような「国難」の度に「解散」していたら政治は成り立たない。少子高齢化に関してはこれから数十年以上は確実に続く問題であるし、消費税増税については以前から延々と話し合われ続けていた問題であり、北朝鮮問題については今後もしばらく続いていく問題だろう。いずれも今このタイミングで冒頭解散して衆議院解散総選挙をやる必要のあるテーマとは思えない。ではこれらの「国難」がプロパガンダであるとして、そこに隠された真の意図とは何なのだろうか?その意図は次に挙げる「国民に信を問う」というキーワードに繋がってくる。

「国民に信を問う」

この「国民に信を問う」という言葉自体は特に目新しいものではない。日本国憲法で国民主権が記述されている以上、選挙で「国民に信を問う」ことは当然のことであり、政治や政府のあり方に関する最終的な決定権は首相も含めた国会議員ではなく、国民にある。過去の選挙でも「国民に信を問う」というような言葉は使用されていたが、今回に関してはこの言葉を文字通り受け取ることは難しい。結論から言えば「国民に信を問う」という言葉は表向きの理由であって、本音は「今このタイミングで選挙をすれば勝てるからやる」ということに尽きる。この結論に至る背景には前提として少なくとも二つの壮大な茶番劇が存在している。

二つの壮大な茶番劇

二つの壮大な茶番劇とは森友・加計問題と第3次安倍内閣のことだ。前者については忖度があったのは確かに問題かもしれないが、それは倫理の問題であって、違法性を主張するなら主張する側に立証責任がある。それが立証できないからと言って、安倍首相にやっていないことの証明、つまり悪魔の証明を求めるのは意味が分からないし、主張側が立証できない以上、その無駄な議論に国会の時間を浪費するのは害悪ですらあった。後者については森友・加計問題によって落ちた支持率とイメージを回復するために、支持率アップ、イメージ刷新という意味では完璧な組閣で対応した。実際に支持率はアップし、イメージは回復しつつある。ただ第3次安倍内閣は8月3日に組閣したばかりであり、このタイミングで衆議院解散総選挙をするということは、今回の組閣の人事はただの「客寄せパンダ」であったと言われても仕方ない。特に外相の河野太郎と総務相の野田聖子はサプライズ人事とも言われたが、最初から「使い捨て」を前提に選択していたのだとしたら本人たちにとっても余りにも不憫であり、そこに国民の信が反映されているとは言えない。

タイミングが命

先程述べたように今回の衆議院解散総選挙が「国難」を突破するため、もしくは「国民に信を問う」ためではなく、「今このタイミングで選挙をすれば勝てるからやる」のだとすれば全ての辻褄が合う。森友・加計問題は既に消失し、第3次安倍内閣によって支持率とイメージは徐々に回復し、北朝鮮問題によって国民の判断能力は鈍っている。判断能力が鈍っている人間は多くの場合現状維持を望むということから考えれば、このタイミングが衆議院解散総選挙に勝つためにベストなタイミングと言える。ただこれが本音だとするならば、「国民に信を問う」という表向きの理由も含めて茶番であり、衆議院解散総選挙という莫大な税金を使用した三つ目の壮大な茶番劇が開催されようとしていると捉えることも可能だろう。

「しがらみのない政治で日本をリセット」
意味の無意味の意味

「しがらみのない政治で日本をリセット」というキーワードは「国難突破解散」と同じくプロパガンダであり、深い意味は特に存在しないものと思われる。しかし具体性がないが故に反論不可能な力を持ち、記号でしかないが故に人が自らの想像力によって操られるというのはポストモダンが現実になった世界の基本戦略でもある。この点において小池代表は天才的な才能を持っており、それはトランプ大統領の才能にも似たものを感じる。以前築地市場移転問題において彼女は議事録が存在しないことについて、自分が「AI」、「人工知能」であるから必要ないというような発言をしていたが、それは何度聞き直しても意味不明な発言であった。しかし「AI」、「人工知能」という言葉が過去にない程に注目されている今、その言葉に付いている新規性や知的なイメージといったアンカーをそれらの言葉をトリガーとして使用することで、自分に埋め込むという意味においての発言と解釈すれば意味が不明でも発言の意図は分からなくもない。

小池代表の基本戦略

つまり小池代表が何をしているかといえば、主張における意味性を徹底的に排除し、記号のイメージだけで自分が有利になるような物語を形成し、大衆を扇動するという戦略を取っているということだ。これは現代社会に最適化した戦略であると共に、「AI」ではないエモい人類に対して驚くほど有効な戦略でもある。この観点から解釈するとすれば、「しがらみのない政治で日本をリセット」という言葉の狙いも良く分かる。何がしがらみで、何をリセットし、何が希望なのかは良く分からないが、ふわっと何か悪いものに抵抗しようとしている気配があり、そこには何かしらの必要性と潔い爽快感があるような気もしなくもなく、希望って何だか良い言葉だよねといった高濃度のエモリティが集結しつつあり、それを発生させられるのは小池百合子だけであり、この唯一無二の流れによって日本の政治が変わるのだというような雰囲気を醸し出す物語が醸成されつつあるということだ。実に良く出来た戦略である。

「アウフヘーベン」
新世紀エヴァンゲリオンと円柱

「アウフヘーベン」とはヘーゲルの弁証法における用語である。弁証法とはある命題 (テーゼ) と矛盾する命題 (アンチテーゼ) を止揚 (アウフヘーベン) することによって統合した命題 (ジンテーゼ) が生まれるという思想のことだ。これだけでは分かり辛いと思うので、新世紀エヴァンゲリオンの残酷な天使のテーゼ風に説明してみる。エヴァンゲリオンの物語は聖書を元にしており、テーゼはアダム (白き月) = 人類以外の生命の実 (S2機関) を持つ使徒の存在。アンチテーゼはリリス (黒き月) = 知恵の実 (科学力) を持つ人類 (リリン) と人類の生み出したエヴァンゲリオンの存在。それらは人類補完計画というアウフヘーベンを経て、ジンテーゼとして神と同等の存在になる。このエヴァンゲリオンの説明でさらに分からなくなった人は、図形の例を考えると簡単に理解できるはずだ。テーゼがある図形は円の形をしている。アンチテーゼはある図形は長方形の形をしている。これらをアウフヘーベンすると円柱というジンテーゼが生まれると考えてみれば良い。円柱は上下から見れば円であるし、横から見れば長方形に見えるので、この二つの図形が見事に一つの図形として統合されている。

民進党の事実上の消滅

さて「アウフヘーベン」という概念が完全に理解できたところで、小池代表の発言の「アウフヘーベン」に話を戻す。簡単に言えばテーゼを希望の党、アンチテーゼを民進党としてアウフヘーベンすることにより、さらに高次元の政党というジンテーゼを目指すという意味で発言したものと思われる。しかし先程の説明で完全に「アウフヘーベン」を理解してしまった人には、その説明では到底納得できないはずだ。まず事の経緯を追っていくと、民進党の代表である前原代表は既に民進党を捨て、無所属で出馬するということだ。これは喩えるならば何か事故が起こりそう、もしくは起こってしまった時に、責任者であるはずの船の船長が乗員乗客そっちのけで真っ先に避難したようなものだ。また代表が逃亡し、党として公認を出さない以上、今後民進党は希望の党に吸収合併されていく運命が決定したことになる。その時に民進党の議員は税金によって賄われた民進党の政党交付金を希望の党に巻き上げられた上で、今までの主張を全て覆して希望の党の公認という名の「踏み絵」を踏むか、それとは別の道を模索するかという2択を迫られる。前者を選択した場合はもう二度と国民からの信頼は得られないだろうし、後者を選択した場合は選挙に通る可能性が圧倒的に低くなるので、政治の表舞台からは消えることになる。つまりもはや民進党は事実上の消滅をしてしまったと言える。

ジンテーゼとしての小池首相

そもそも何のために民主党から民進党になったのかも分からないが、ここまで来てしまったら民進党を解党せずにいることは、選挙資金としての政党交付金のためであると言われても仕方がない。この希望の党と民進党の関係は企業間の一方的なM&Aのようなものであり、このように対等な統合でない状態を「アウフヘーベン」とは言えず、ジンテーゼとして残るのは希望の党だけだ。希望の党は今回の衆議院解散総選挙で議席を伸ばす余地がかなりあると思われ、今後都政のみならず国政に対する小池代表の影響力も無視できないレベルになっていく。小池代表は最終的にテーゼを都民ファーストの会特別顧問、アンチテーゼを希望の党代表とした上でアウフヘーベンし、ジンテーゼとして日本初の女性首相である小池首相になることを狙っているのかもしれない。その場合の犠牲、捨て駒は都民と国民ということになるのだが。そもそも時代遅れで近代的な概念である弁証法ですら偽りのスノッブな雰囲気で曲解していくという、ポストモダン的な記号の戦略を駆使する彼女の戦略はここでも徹底している。

希望なき選挙: 連載記事リンク

希望なき選挙 前編: 今回の衆議院解散総選挙のキーワード

希望なき選挙 後編: 絶望の果ての希望