『エスター』: 「反転」と「異端」

『エスター』を観た: ネタバレ注意

『エスター』を観た。今回の記事では完全にネタバレをするので、これから観ようと思う人は観てから読んだ方が良いかもしれない。本作のジャンルはサイコホラー、サイコスリラーで、グロさは控えめ、怖さと謎解き要素を足して2で割ったような印象。内容的には『オーメン』シリーズの少女版に近いが、一番の違いは超常現象を扱わない点。あくまで現実にあるかもしれない恐怖を描きながら、話が展開していく。英語版のタイトルは「Orphan」で、これは日本語で言えば「孤児」になる。ラストの展開から考えると英語版の「Orphan」の方が良いミスリードで示唆的なタイトルかと思うが、日本語版の「エスター」も彼女を巡る物語が話の中心になるので的外れというわけではない。

聖書由来の主要な登場人物の名前

本作における主要な登場人物の名前は以下のようになっている。基本的に聖書由来の名前が多いので、「Christian Meaning of Names」やWikipediaなどを参照しながら1人ずつ物語との関連性を調べてみる。

・Kate (母親)
・John (父親)
・Esther (養女)
・Daniel (長男)
・Maxine (末娘)

Kate

まずKateはKatherineの派生系で、聖書の登場人物としてはこの名前は出てこないが、キリスト教の聖人にはCatherineの名を持つ人物が多数いる。またこれはギリシア語の「katharos」に由来し、「純粋な」、「潔白な」という意味を持つ。確かに主人公としてKateの性格は「純粋」であり、3人目の子どもを流産したという経験から「潔白」さを終始追い求めていたように感じる。ただその性格と後悔の念がEstherに付け入る隙を与えてしまったとも言えるが。

John

JohnはJohannesの派生系で、洗礼者ヨハネに由来していると思われる。洗礼者ヨハネと言えば、『新約聖書』に登場する予言者であり、ヨルダン川でイエスに洗礼を授けたことで有名。また洗礼者ヨハネは首をはねられて処刑されたことでも有名で、カラヴァッジオの『洗礼者ヨハネの斬首』、『ヨハネの首を持つサロメ』などの絵画でもその様子が描かれている。Johnは最終的にEstherの恋に応えることができず、逆上した彼女にめった刺しにされて殺されている。その結末に関しても洗礼者ヨハネとの類似点を見ることができる。

Esther

Estherは旧約聖書の一書『The Book of Esther (エステル記)』の主人公である女性の名前に由来していると思われる。この書は聖書としては異端の書であり、「エステル (聖書)」から引用すると「不思議なことにこの書の中には神、主という言葉が全く見られない。」という特徴がある。また「【旧約聖書】エステル記の謎:神がいちども登場しない復讐の物語がなぜ聖書に入っているのか?」という記事を参照すると、『The Book of Esther (エステル記)』はそれ以外にも「復讐」というキリスト教で禁じられた物語を描いている上に、史実に基づかないフィクション、律法違反、新約聖書に登場しないなどの特徴を持ち、聖書の中での異端ぶりを発揮している。

また『The Book of Esther (エステル記)』のEstehrは自らのユダヤ人という出自を「秘密」にしていたのだが、本作のEstherも自分の出自を「秘密」にしており、その「秘密」が物語に大きく絡んでくる。この「異端」、「復讐」、「秘密」というキーワードが聖書と本作の2人のEstherというキャラクターを形成する上で重要な要素になっており、本作ではそのキーワードに基づいた『The Book of Esther (エステル記)』の聖書解釈を提示しているのではないかとも思えてくる。Estherが持っている聖書に挟まれた養父のみの写真、表面上は隠されているがブラックライトで照らすとエログロな世界が浮かび上がる絵画などはどれも彼女の変態性と二重性を示している。

Daniel

Danielは旧約聖書の一書『Book of Daniel (ダニエル書)』の主人公である男性の名前に由来していると思われる。Danielはキリスト教では予言者とされるが、ユダヤ教では予言者とされないという部分がEstherとの確執を感じさせる。実際最初からEstherを疎ましく思い、家族の一員として受け入れていなかったのはDanielであり、それは予言的な行動とも取れる。Danielはヘブライ語で「God is my judge (神は私の裁判官である)」という意味であり、ここからも神を信じないEstherとの敵対関係が示唆される。

Maxine

Maxineは主要な登場人物の中で、聖書との関係性が一番薄い名前である。「Behind the Name: User comments for Maxine」を総合的に参照すると、MaxineはMaximusの女性版であり、語源を辿れば「偉大な」、「賢い」、「尊い」という意味があることが分かる。その言葉の意味通り彼女は最年少であり、耳が聞こえないという特徴を持つ「尊い」存在である。また一方で耳が聞こえない分観察力に優れ、その「賢い」選択が登場人物の窮地を幾度となく救うことになる。そういう意味で聖書とは無関係な人間らしい彼女が、一番「偉大」な存在であるという解釈もできる。

「反転」と「異端」

本作の物語の特徴を挙げるとするならば、「反転」と「異端」という2つのキーワードに集約できる。

「反転」

本作の中では徹底的に大人が「鈍感」で「無能」、子どもが「敏感」で「有能」であるように描かれている。現実世界においても実際そのような例は多いのだが、「子ども扱い」という言葉が相手を揶揄する意味で使用されるように、通常は大人が子どもを軽くあしらうようなイメージがある。しかし、本作においてはその役割は完全に「反転」しており、特にJohnの「鈍感」さと「無能」さは家族を窮地に追い込み、自身の死にも繋がった。KateはEstherを流産した子どもの代わりとして受け入れており、その執着とそのように誰かの代替として扱われる子どもへの想像力を欠いているという点で大人の態度ではない。Danielには本能的とは言え、最初からEstherの本性を見抜いていた「敏感」さがあり、MaxineはEstherの本性を知りながらも逆らえない状況では協力し、家族に危機が迫るとピンポイントで助けるという「有能」な大人の対応を見せた。Estherの「反転」は表面上の性格と裏に秘めた精神障害であり、その幼い外見と肉体年齢にも大人と子どもの「反転」が埋め込まれている。そしてその内に秘められた「反転」はブラックライトに照らされることで初めて明らかになる。

「異端」

Estherは物語の中で「異端」な存在として描かれている。先程挙げた精神障害と肉体年齢も彼女が「異端」であることの証だが、「異端」であることは彼女の誇りである一方で、抑圧されたコンプレックスとして彼女の性格を歪めてもいる。また外見と肉体年齢のギャップは彼女の恋愛の障害にもなっており、彼女には知能が高いのに子ども扱いされ続け、好きな男に女として認めてもらえないという苦難がある。そもそもEstherは養女という立場で家族として迎え入れられるのだが、その血が繋がらないという立場も家族の中では「異端」なものだろう。しかしここで一つ思うのは、彼女が本当に普通に養女として迎えられた子どもで、少し性格が変わっただけの女の子であったとして、上手くいったのであろうかということ。恐らくその場合でも「いじめ」はあっただろうし、Kateの心の穴埋めとして迎えられた存在であるということに変わりはなく、学校にも家族にも居場所がなかった可能性はある。精神障害と肉体年齢の「異端」、養子という立場の「異端」、学校に溶け込めない存在としての「異端」。これらは彼女だけの問題ではなく、周囲との関係性を含んだ上での「異端」として捉えれば、そこにはまた「反転」の関係性が見られる。

全体の感想

元々暇潰しに観た映画なので、クオリティについては最初から余り期待していなかったけれど、暇潰しとして観るならば結構面白い映画であり、深く考えようと思えば考えられる要素も詰め込まれている。ただ怖さ目的で観るなら他にもっと怖い映画があるし、脚本目的で観るなら他にもっとよく練られた映画がある。特に脚本に関してはどんでん返しを意識する余り突っ込みどころがある箇所も目立ったが、それに関しては特に気にならなかった。個人的には耳が聞こえないMaxineが一番「有能」という流れに、北野武監督作品である『座頭市』の「いくら目ん玉ひんむいても見えねぇもんは見えねぇんだけどなぁ」という台詞を思い出した。何かが欠落していることは必ずしも劣っていることを意味しない。むしろその特徴は普通に生きている人より世界を良く観察することにもなり、その世界の中でしか見えないものもある。

以下本作中で一番好きな台詞の引用。

Esther: Please… Don’t let me die, Mommy.

Kate: I’m not your fucking mommy!

個人的には当時12歳でEsther役を演じたIsabelle Fuhrmanの演技力が一番怖かった。

エスター
エスター
監督: ジャウム・コレット=セラ